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2005.05.19

手術で治る痴呆

というタイトルで簡単な講演をした。
 「痴呆」の定義は単純ではないが、簡単に言えば今までのような家庭生活や社会生活ができなくなる程の知的障害を呈している状態のことである。
 アルツハイマー型痴呆や慢性的な脳虚血などによる血管性痴呆などは手術治療法は今のところない。それに対して、「慢性硬膜下血腫」や「正常圧水頭症」などは手術によって慢性的に脳を圧迫している、「血腫」や「髄液」を除去したり減らす事によって脳の機能が改善する事が期待できる。くも膜下出血の後に、慢性的に脳脊髄液の吸収力が低下して正常圧水頭症になった場合も、ボワ〜ンとして反応が鈍くなったり幻覚のような事を言ったり失禁したりという状態が徐々に改善していくことが多い。
 「特発性正常圧水頭症」という病態がある。くも膜下出血や髄膜炎など原因になる疾患がはっきりせず、何故そうなったかはわからないけれど(特発性)調べてみたら脳室が拡大していて、脳脊髄液を抜いてみたら反応が良くなったのでシャント手術をしたら痴呆が治った、という事例もあるらしい。私自身はまだこういう患者さんに遭遇していないので自らの経験としてはわからないのだが、この「特発性NPH」を一生懸命治療している脳外科医もいるのである。
 その他には、silent areaの髄膜腫など。良性でゆっくり大きくなる腫瘍が脳を圧迫していくのだが、silent areaといって、運動野や言語野などのeloquent areaから離れている部分に存在するとかなり大きく育つまで何の症状も出ないことがある。直径で5cmや6cmにまで育っても、ぼんやりして反応が鈍くなったり家からでかけると帰って来れなくなったり、時々お漏らしをしたり、位の症状で、麻痺も失語もないしご飯は普通に食べている。家族は、「じいちゃんの年だから、そろそろ惚けてきたんでないの?」なんて暢気に言っていたりする。ところが頭痛を訴えるようになったり、食欲が低下したり、失禁が顕著になって脳外科医に来てみると直径6cmの「脳腫瘍」などということもあるのだ。こういう腫瘍を全摘出したらすぐに良くなるとは限らない。長い期間にわたってじわじわと圧迫されて脳はすぐには元に戻らない事がある。でも手術摘出で回復する事が十分期待できる「痴呆」である。

 話しは変わって、最近私のブログに注目してくださる方々がいらっしゃって、少し緊張、でもうれしい。グダグダ勝手な事を書いているとはいえ、誰かが読んでくれているということはmotivationをあげてくれる。固有の名前は出さないけれど、一般市民の方が賢く情報を解釈、取捨選択してくださっている事はうれしい事である。おそらく大半の良識ある市民はそんなに簡単にマスコミの煽動的ニュースや一部の著作による誤った情報に踊らされる事無く、しっかりと自分の考えを持っていらっしゃる事と思う。ネットの普及による情報の共有はこのようなことにこそ生かされる価値があるのだな、と思う。

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コメント

ということは、
痴呆の症状が出てきたときは、
年のせい、といって何も調べないのではなく、
必ず、脳神経外科か神経内科で原因を調べてもらった方がいいということですか?
認知症の親を介護している友達、親戚が沢山いるので…

投稿: mayako | 2005.05.19 19:40

mayakoさん、
 痴呆は脳に何らかの原因がある病気、症状ですから、当然脳外科か神経内科を受診して原因を調べるべきです。「年のせいで、、、」という対応はよくありませんんね。

投稿: balaine | 2005.05.20 01:09

>しっかりと自分の考えを持っていらっしゃる
ほんとうに。
ご自分のHPやプログをもっていらっしゃるかたが多いのにびっくり。
でも、私は情報をかき集めても、なかなか理解できず、自己判断できない小市民。
このブログはしぼりたての生牛乳でとてもおいしい。加工され、うすめられていない新鮮さ。
ちょっと濃すぎて、おいおい消化されることもあるとおもいますが::::

>直径6cmの「脳腫瘍」
先日、脳外科の待合室で髪の毛をくるくるにパーマをかけ少し白髪の混じる背筋のぴんとした田舎風の65歳ぐらいのおばあさんにはなしかけられました。
A「あなたも、こっちの若い先生?」
A「いえ。あちらです。」
B「そう、むかしは評判の先生だけどもう年ね。こっちの先生は若くてなかなか腕がいいよ。」
A1「そう、そう感じられる?」
B「わたしね、5年前、喜寿の祝いの時突然意識不明になって運ばれて、野球のボールくらいの腫瘍をとってもらったの。鼻から吸ってね。無傷。でもお金かけた入れ歯をみんな抜かれた。」
A2「えー、たいへんだったんですね。」
B「先生も体力があったねといわれた。今82歳になったけど、目も耳もわるくない。一人暮らしやけど社交ダンスしたり楽しんでる。」
A3「驚いたわ。」

野球ではなくゴルフボールかと思ったけれどやっぱり野球のボールだったのですね。
鼻から吸引する手術方法もあるのですね。

mayakoさん、痴呆の介護は本当に大変!
A1,A2,A3が、何度も同じ話をする義母から学んだ私の返答3種の神器です。
つい、くせになり、知らないかたに話し掛けられても使ってしまいました。

投稿: iruka | 2005.05.20 02:34

irukaさん、いいレス教えてくれてありがとう!
大いに活用できそうです。

投稿: mayako | 2005.05.20 09:17

「野球のボールくらいの腫瘍をとってもらったの。鼻から吸ってね。無傷。でもお金かけた入れ歯をみんな抜かれた。」
irukaさん、興味深いコメントありがとうございます。
上記のおばあちゃんは、おそらく下垂体腺腫の出血による「下垂体卒中という状態だったと推測します。「鼻から吸って」とれたけど「入れ歯抜かれた」ということですから、上唇の裏から鼻腔経由で蝶形骨洞に至る、いわゆる「ハーディ手術」を受けたのだと思います。脳外科の手術です。
 私は、上唇の裏も切らずに、片方の鼻の穴から直径4mmの内視鏡を挿入して、内視鏡下に(顕微鏡を使わずに)下垂体腫瘍を摘出します。これだと入れ歯は抜かずに済みますし、手術翌日、早ければ当日から飲水も食事も可能です。
 このことは、「記事」として書きましょうかね。

投稿: balaine | 2005.05.20 10:57

始めまして、いつも楽しくお勉強させていただいております。(笑)私は1月に大阪のK病院で聴神腫瘍の手術を受けたのですが、そのときの執刀医が(主治医は副執刀)「特発性正常圧水頭症」に、特に力を注いでらっしゃるⅠ先生でした。そのとき執刀医に手術歴の質問をしたときに、「特発性正常圧水頭症」のことも聞いたのですが、自分の手術のことで精一杯で(笑)全然説明がわかりませんでした。
今日ようやく理解ができました。
ありがとうございました^^;

投稿: 則香 | 2005.05.20 11:51

脳のことが他人事ではなくなってから、様々なところで脳に関するメディアに敏感になりました。
脳ってすごいんだなぁ、生きてるってすごいよ、って今さらのように感心してます。
その中でひげ鯨先生のこのブログは私にとって大変貴重でありがたいものです。
患者側の闘病記などは昔からさかんでしたが、医師の方がここまで詳しく日常を綴っておられ、それを誰もが共有できるなんて本当にネットのおかげですよね。
病気になると誰にも話せない、話したとしても結局は同病者でないかぎりわからないから、ネットを見るといろんな人(患者のみならず医師も)が闘ってることを知り励まされます。
balaineさん、大変お忙しい日常ですがこれからもこのブログ楽しみにしてますから!

投稿: shangri-la | 2005.05.20 12:28

則香さん、はじめまして。「聴神経腫瘍」ですか。それは大変な病気ですね。でも手術も成功したんですね。K病院って多分天下の「k病院」ですね、京都大系の。執刀医はI先生ですね。そこからS病院に移られたK先生(三叉神経痛や顔面けいれんで有名)は昔からよく存じ上げております。
実は私、その微小血管減圧術を開発したJannetta教授のところに12年前留学していたので。

shangri-laさん、ありがとうございます。
自分の精神的なバランスを保つために書き始めたんですが、最近は読んでいただく事をかなり意識しております。もうプライベートなことはあまりかけませんね(笑)。私、独身なんですけどね。。。

投稿: balaine | 2005.05.20 14:18

 「精神的なバランスを保つためにこのブログを書き始めた」とおっしゃっていたので一言。
 母が入院中の話です。シャントが終わった後、あちらの世界から帰ってきてくれましたが、それは地球人としてではなく、まったく会話の成り立たない別人格の人でした。
 医師は経験から回復への道筋をご存知ですから、家族とは違うでしょうが、このまま痴呆になるのかと不安を抱きながらの看病は、今思い返しても精神的にどん底でした。陰の気が澱のようにたまっていく気がしました。
 宇宙人(失礼!?)のようになった患者を相手にしたり、労の甲斐なくお見送りすることになったりと、救命救急の医師は人一倍人の死に直面すると思います。いったい精神的バランスはどのように保っているのだろうと前々から思っていました。
 主治医の笑声を初めて聞いたのは退院後最初の外来日でした。当たり前のことですが、「あ、笑うんだ、先生も」と思って妙に嬉しかったことを覚えています。
 先生はいかがですか?

投稿: ムンテラ | 2005.05.20 18:01

ブログも今ではどの検索エンジンでもひっかかりますもんね、私も会社や業界のことはやはり書けませんし、病気のことはかなり意識して書いてます。
世の中病気をした人に対してみんなが優しいわけではないですからね。
プライベートのフルートのことなどbalaineさんの息抜きを大事にされてる姿勢が感じられますし、何よりも親しみが感じられます。
これからも支障のない範囲で書いてください。^ ^

投稿: shangri-la | 2005.05.20 18:02

ムンテラさん、私だって笑いますよ。でも怒っているときの方がおおいかもしれませんが。怒りながらストレスを発散しているところもあります。いつもニコニコ優しい人というのは、陰で相当なストレスを抱え込んでいるのではないしょうか?
仕事上の事でいろいろ気になる事、頭に来る事がたくさんあります。ぐっとこらえて大人にならなければいけないとは思います。おかしな事を言う外来の患者さんも適当にあしらうなり、慇懃無礼に対応するなりした方がいいのですが、私はまっすぐ受けてしまう傾向にあります。受け流せないのです。だから訳のわからない患者さんや、患者の権利ばかり訴えるような患者さんには評判悪いと思います。
 一度、入院したばかりのある患者さんがあまりにもわがままなので、病状を説明し何故今安静が必要なのかを説いたところ、「この若造が!」と恫喝されるように言われました。私はそれに対して、「こちとら脳外科21年やって飯食ってんだ。自分のために言ってるんじゃなくて、あんたの為に言ってんだから言う事聞け!」てな感じで言葉を荒げて言いました。かなりいろんな事に細かく口うるさい患者さんでしたが、その後、私の言う事をちゃんと聞いてくれるようになり、今は外来は私が担当で、私が出張していると「別の先生は嫌だ」と言って出直してくるようになりました。
 オフの時の私は、ここではお見せできません。数年前に大学病院の医局秘書さんに昼間の街を歩いていて偶然すれ違った次の日、「先生もあんな柔らかい顔なさるんですね?」と言われてしまった事がありました。今は別居している子供と買い物に行ったときの事だったと思います。

投稿: balaine | 2005.05.20 19:04

 失礼しました(笑)。笑って当たり前ですよね。誰でもオンオフは切り替えるものですし。
 キャラクターの問題かもしれませんが、母の主治医がチームを組んでいた医師は4人、その中にいつもにこにこ顔の先生がいらして、ちょっと癒されました(ひげ鯨先生と同じくらいのキャリアかと)。それとも、あれは役割分担だったのかも...
 医療に携わる人は職業として人の生死に関わっている訳ですから、ある意味で慣れていくのでしょうが... その精神力に敬服します。
 そして......私も質問の多い家族なので、医師には嫌われるタイプかもしれません。

投稿: ムンテラ | 2005.05.20 19:39

ブログから、先生の誠実なお人柄が伝わってきます。
自分にあったやりかたをなさったら、それだけで、充分、患者に先生の思いが伝わると思いますよ。

昨日?でしたか、それも覚えていません。。。もう一度読み返してみました。
そしてやっと、「反論」わかりました。

近頃、反応が鈍いし、さっき言ったことも忘れてまた同じことを言っていると、指摘されることが度々あります。
このままいくと、老親より先に痴呆が出るかも??
私はこのように世話が焼ける人間ですが、
よろしくお願い致します。

ところで、私も則香さんと同じ病院に通っておりまして、主治医も同じ先生なんですよ。
I先生は「今日の健康」に、出演されてましたよね!!

投稿: ふにゃ | 2005.05.20 20:10

先生はJanetta門下だったんですか!
すげー!
文献でしか存じ上げないのですがJanetta師の手術や人となりもいつか書いていただけたらうれしいです。

投稿: いのげ | 2005.05.21 23:30

はあ〜、ふにゃさんと則香さん、同じK病院ですか。。。

いのげさん、Jannetta門下、なんてそんなタイソウなもんじゃないですよ。もう13年も前のこと。2年間、ピッツで勉強しました。まだ存命中の方ですからね。書くとしてもそんなにおもしろおかしくは書けないし。そのうち、気が向いたら。
毎日、朝早く(7時くらい)から脳外科の手術を見学したりモニタリングをしたりしましたが、PJ(ジャネッタのこと)以外にもSekhar、Lunsford(この人はほとんどガンマナイフ)の手術や、他病院ですがMaroonやRhotonの手術も見ました。ピッツバーグのAllegheny General Hospitalに移ってきたばかりのDr. 福○の手術も見学しましたよ。

投稿: balaine | 2005.05.22 14:40

私は、術後半年で、主治医が転勤となり
ついていきたいと無理を言って
それから、K病院に通い始めた新参者です。

前は奈良県のT病院で、どちらも京大系ですが、病院の規模と言う点では前の病院のほうが大きいと主治医は言ってました。

投稿: ふにゃ | 2005.05.22 16:18

ふにゃさん、T病院、○×教系のあれですか?
T病院やK病院に赴任する京大の脳外科医は、京大の中でもエリートコースではないでしょうかね?今は知りませんが、少なくとも昔は、ね。

投稿: balaine | 2005.05.23 00:49

はい、仰るとおり、○×教系の病院です!!

近くには宗教関係の建物がたくさん建っている大きな病院で、きっと主治医はこの病院で寝泊まりしているんだろうと入院中思ってたぐらい、いつもお姿、拝見しました。

でもホントは一家転住してたそうです。
転勤まであってたいへんですね。

投稿: ふにゃ | 2005.05.23 21:56

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