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2005.05.30

慢性硬膜下血腫

「硬膜」というのは、脳を包んでいる3枚の膜の中で一番外側にあり一番強い膜である。脳側から順に、「軟膜」「くも膜」「硬膜」と脳を包んでいて、その外側は頭蓋骨である。骨の外には更に「骨膜」「筋肉または帽状腱膜」「皮下脂肪」「皮膚」「頭髪」と言う順に、脳を守るために幾層もの構造で囲まれている。
 硬膜は、手術の際にはハサミかメスで切らないと開かないくらい「硬い」。軟膜は不用意に押すだけで破れるくらい「軟らかい」。くも膜は蜘蛛が脳の隙間に膜を張巡らせたように細い糸状の繊維と膜状の構造で、血管や神経をぐらつかないように固定している。それぞれに役割がある。
 硬膜の下は脳の直接表面ではなく、くも膜の上になる。「くも膜下出血」という言葉はあるが「くも膜上出血」という言葉はない。その部に血が出た場合は、「硬膜下出血」「硬膜下血腫」と呼ばれる。
交通事故などで意識障害が起こって緊急に運ばれてくる患者さんや、高いところから転落して頭を打ったとか、スノーボードで転倒して意識を失い吐いた、というような患者さんの多くが「急性硬膜下血腫」である。「硬膜外」といって骨と硬膜の間の出血のこともあるが、急性硬膜下血腫の方が重症の事が多い。脳が圧迫されていて意識障害があったり、意識の低下が進行しているようなら「大」緊急手術だ。要するに有無を言わせずすぐに大きく開頭して血腫を取り除くのである。10分単位で手術が遅れるとそれだけ命の危険があるので、ムンテラしながら傍で患者さんの髪を剃り採血をして、、、というように無駄のない迅速な判断と行動が要求される。
 一方、タイトルの「慢性」の場合、5/16の記事にも書いたように治療可能な痴呆の一つにもあげられるような病気(怪我)であるので、「急性」とはまったく様相が違う。しかしCTに表れる血腫の形や脳を圧迫している形などは似ている。「慢性」の場合は、お年を召した酒好きの男性に多い。「男性」というのは多少偏見かもしれないが、実際臨床では男性が多い。年をとると脳の表面に隙間が多くなる。正しくは、脳溝という隙間が広がって脳表と骨の間に(硬膜下とくも膜下の空洞)に脳脊髄液の溜まったスペースが出来やすい。こういう人が、ちょっと酔っぱらって尻餅をついたり、壁に頭をコツンとやったりというくらいの軽微な外傷で起こるのである。本人も忘れているくらいの軽症の打撲でも起こってくる事がある。脳表の隙間にチョロっと出血してそれが吸収されずに残って表面にオブラートのような膜を作り、脳脊髄液と血液の両方が混ざったような液体が少しずつ溜まっていくのである。
 だから、「急性硬膜下血腫」は血液そのものが固まった、赤またはどす黒い血腫であるが、「慢性硬膜下血腫」はお醤油を水で薄めたような、黒褐色、薄い茶褐色、赤みを帯びた醤油色のさらさらした液体である。空気に触れるようにおいていても決して固まらずいつまでもサラサラしている。症状は、血腫が溜まって脳を圧迫しているところによって多少違うが、半側運動麻痺や言語障害も出るが、ぼけ症状とか失禁とか食事をしてもぼろぼろこぼすとか、そう言ったものがみられる。もちろん頭痛や吐き気、嘔吐なども出るが、「なんか最近おじいちゃん元気ないし食欲もないと思ったらご飯ボロボロこぼして」と思っていたら、「あらら、おじいちゃん、お漏らしちゃったよ〜」「なんかトイレに行くのに足引きずってるみたい」なんて言う感じになってくる。そしてボンヤリして家族の事もよくわからなかったり物忘れが多くなってくるのである。「慢性」の血腫なので、局所を圧迫して障害を出すだけではなく、頭蓋内全体の圧を少しずつ上昇させこのため脳全体の働きが低下してボンヤリ、物忘れ、失禁などという「痴呆」様の症状が出現してくるのである。
 「急性」と違って慢性硬膜下血腫では、局所麻酔だけで小さな傷で一円玉くらいの孔を頭蓋骨に開けて、そこkら軟らかい管を差し込んで暖かい生理食塩水で洗浄する。血腫の溜まった空洞は、オブラートのような薄い膜に囲まれていて(これを新生膜=neomembraneという)、この膜を切ると醤油を薄めたような血腫がサラサラと流れ出してくるが、それだけでは全部とれないので生食で洗浄するのである。これを数十分続けてたまった血腫が薄くなってほとんど水に少し醤油が混じったくらいの透明な感じになったら、管を穴の中(硬膜下腔、つまり骨の下)において皮膚を通して外に出し傷を縫って手術を終了する。血腫の濃さや手術のやり方によるが30分から60分で終わる手術である。
 そして、患者さんは半日もすれば速やかに回復する事が多い。もちろん80,90才という超高齢の場合、脳の可塑性と言って、血腫を取り除いた後も元に戻る力が弱いため症状の回復が遅れることもあるが、局所麻酔の一時間足らずの脳外科的には簡単と言える手術で、ボケ症状、運動麻痺、頭痛などが治るのである。
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今日の手術は、この慢性硬膜下血腫であった。ただしこの方は、2週間以上前に自宅で転倒して10程前に受診、CTで薄い「亜急性」硬膜下血腫を認めていた。これが少しずつ「慢性」硬膜下血腫に変化して来たものである。止血剤や抗脳浮腫剤などを点滴していたが、だんだん元気がなくなってしゃべらなくなり阪神運動麻痺も出て来ていた。数日前から食事も摂らなくなった。ただ、CT上は、まだ「慢性」硬膜下血腫ができつつある過程であって完成していないので、様子を見ていたのだが、ここ二日程反応が鈍くなり進行性であったので、本日手術となった。硬膜の下に、薄く白っぽい膜が存在した。間違いなく「慢性」硬膜下血腫であった。血腫は水で薄めたうす〜い茶色で、まだまだこれから濃い血腫になるような印象であった。管を挿入して置いて来たが、再貯留(一度とれた血腫がまた溜まる事)が懸念される。こういうタイプは再発(再貯留)をみる事がある。うまくいってくれればいいのだが。

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コメント

一円玉くらいの孔を頭蓋骨に開けて
くも膜下手術もしますか。

先日、ひさしぶりに出会った80歳のおじさんの話です。
「ことしも、田、10反ほど植えたで。
去年は自転車で配達しとって軽トラにぶつかってあばら骨おってのう。でも治って、秋稲刈りしとったら、2度ほどコンバインからまくりおってな。3度目にこれはと思って医者にいったら手術や。”くも膜下”から復活してますます元気やで。」と
毛のないあたまの頭頂部のすこし右前を指指しました。
1円玉より小さくみえるくぼみがありました。
かれは、硬膜下とくも膜下と間違えているのでしょうか。

投稿: iruka | 2005.05.31 01:32

5年ほど前にsurgical neurologyに有ったインドからのCSDHの報告では30代が分布のピークでした。そんなわけはないでしょうから、莫大な数の年寄が見捨てられてるのでしょう。病院のテリトリー内の人口が2000万人だそうです。日本人は幸せです。

投稿: げき | 2005.05.31 03:03

 慢性硬膜下血腫の話、主治医からも伺いました。
 試験外泊をした時に母が尻餅をついたので、そのことを報告したら、「う~ん、まだ(退院は)無理かな」と言われ、この病気のことを説明されました。
 高齢という要因だけでなく、くも膜下や水頭症などの罹患の結果、この病気にかかる可能性が高まることもあるのでしょうか?

投稿: ムンテラ | 2005.05.31 11:03

irukaさん、そのおじいさんはおそらく「硬膜下」しかも「慢性」だと思います。3回もくも膜下出血を起こしたら死亡率は90%と言われています。80才ですし、状況からは転倒した、ということでしょうから、外傷ですね。あばら骨を折ったときに頭も軽く打撲していたものと想像します。

げきさん、コメントありがとうございます。インドはカースト制度もまだ厳しいですが民主主義国なんです。でも医療に関しては、凄く進んでいる部分と凄く遅れている部分を持っていますね。人口10億人とすると(正確にはわからないらしい)、病院のある地区に住んでいる人は2%ということになりますね。

ムンテラさん、開頭手術をした事が慢性硬膜下血腫の原因になる事もあります。脳の表面、硬膜の下に血が出てしまうからです。でも「くも膜下」や「水頭症」が慢性硬膜下血腫を起こしやすい要因にはならないと思います。

投稿: balaine | 2005.05.31 11:30

 レスありがとうございました。
 注意するに越したことはありませんね。
 丁寧に母の観察を続けていきます(笑)。

投稿: ムンテラ | 2005.05.31 11:46

こんにちわ。私は27歳の女性ですが、一年前『慢性硬膜化血』の手術をしたのですが、一週間ほどで退院しその後は、経過観察みたいなこともなく病院にも行ってません。
しかし最近傷のところがたまにズキッズキッと痛みます。
それは普通ですか?
この穴はいつ元にもどるのですか?

投稿: よも | 2008.09.23 18:39

よもさん、コメントありがとうございます。
矢継ぎ早のご質問ですが、ここは「医療相談」を受け付ける場ではありません。あなたの個人情報にもなりますのでメールでお返事させて頂きます。
個人的なご質問は、「コメント」ではなく、ページの左の方にある「メールを送信」というのをクリックして頂きたいと思います。
また、質問をする場合は、自分の素性をある程度は明かすのが筋と思います。ネットというのは、その気軽さの故に礼を欠くことを気付かないでしてしまいがちです。あなたが私に直接会ったとしたら、上記の様な質問をいきなりなさるのでしょうか?

投稿: balaine | 2008.09.24 16:18

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