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2005.05.18

何か恨みでも?

あるのでしょうか、と思うような論調の、昨日の話しの続き。
http://www5.ocn.ne.jp/〜kmatsu/seijinbyou/94noudokku.htm
(上の〜は小文字のチルダです、マックでは〜になってしまう)

 あまりにもひどいが看過できないので少し反論する。
「彼らにとって患者を作るだけでは不十分で、手術させて貰わなければ生活は安定しません。」
と書いてありますが、自分で開業でもしていない限り、普通脳神経外科医は病院勤務医です。大学や県立や市立などの公的病院が圧倒的に多いです。地方によっては、私立病院でもかなり公的な意味も持っているところもあります(会津若松など)。
 勤務医の給料は基本給+手当ですが、一般的には患者を何人診たとか、何人入院させたとか、何人手術したとかいうことは給与に影響しません。たとえば、私の場合、県立病院ですが、極論すれば年間300手術しようが10しかしなくても基本給に変わりはありません。卒業年とその病院でのポストで給与体系は決まります。ですから脳ドックで患者を無理に増やして無理に手術をしないと「生活が安定しません」などという表現は、事実無根で全くでたらめなのです。
 私の給与が増えるとしたら、それは「時間外手当」だけです。すなわち平日は830〜1700以外に勤務した場合、休日に勤務した場合は、本来は「時間外労働」ですのでそれに見合った手当を頂くのは妥当な事です。しかし、現実はこの手当も50%近く削られているのです。いわゆる「サービス残業」みたいになっています。
 カラクリはこうです。
 県には予算があります。各病院に割り振る事のできる予算には限りがあります。時間外手当としての予算にも枠があります。ある一定額以上は払えない(無い袖は振れない)ということです。夜中に緊急患者さんで呼び出されたり、夜遅くまで手術があったり、休日に術後患者さん他入院患者さんの診察に来たり、急変に対応したりというのは当然の仕事ですが、時間外に労働した場合それに見合った手当をもらっても非難はされないと考えます。医師は、自分で時間外労働をした日にちと時間を記載します。それを事務の方で集計して「労働に見合った」手当てを支給します。労働基準法で保証されている事だと思います。
 予算には上限があるので、結局病院全体の医師の時間外労働総時間は手当の予算を軽く超過してしまいます。医師各人が記載したものをそのまま提出すると、働いた時間外に見合った手当を支給していない事になるので、なんと!事務の方で勝手に削っています。差が出ないように均一に総時間が予算に収まるように、それぞれの時間外労働を削り、実際は働いたのに働いていないことにしているのです。
 そうすると、県の方では、「ああ、あの予算で何とか手当が足りるんだ。ということは来年度はもう少し削っても大丈夫なんだろう。」と、更に時間外手当の予算を削ります。病院の事務は更に「不当に」我々の時間外労働を削って予算の枠内に無理矢理おさめます。すると県の方は、「ああ、まだ余裕があるんだ」としてもっと予算を減らします。ここ5年くらいの間に、そんなこんなで医師の時間外手当は、10%, 20%,,,と減らされ続け、今や40〜60%削られているという話しです。
 人のいい、ここの病院勤務医はそんなこととは知らずに、「手当減ったな〜」といいながら働いている人もいます。県民で、自分たちの税金がこのように使われていると知っている人は少ないと思います。もしかすると県知事でさえ、病院の医師が時間外労働を不当に削られて給与を無理矢理押さえられている事を知らないと思います。

近藤某氏はこうも言っています。
「根拠がないのに普及したのは、日本に脳外科医が多い事実と無縁ではないでしょう。日本の脳外科医は約5000人。人口が倍の米国には3200人しかおらず、人口比で3倍です。それでは無症状の人を検査して、患者を一人でも増やしたくなろうというものです。そのように脳ドックが失業対策であるならば、脳外科医のがわから廃止する事態は考えにくい。・・」
 本当にものの本質や事実を理解していない方です。欧米の脳神経外科医はほとんど朝から晩まで手術しかしていません。研修医が病棟を診ています。外来は、自分に紹介されて来たこれから手術する人か、既に手術した人しか診ません。救急外来担当や病院当直なんてしていません。頭痛の患者なんて診ていません。極論すれば、脳梗塞の患者も診ていません。欧米で脳外科医といえば、脳腫瘍を取る人のことに等しいくらいです。頭痛を診るのは家庭医の仕事。急患を診るのは救急医の仕事。脳卒中を診るのは脳卒中医(ほとんどが神経内科医)の仕事。欧米の脳外科医は、ほとんどの場合、病気が見つかってほぼ診断がついて手術治療を考慮してくれ、という段階になって現れる医者なのです。米国の人気TV番組「ER」などを観てもわかるでしょう。脳外科医なんてちょっと出てきたことがあったかな?と言うくらいです。
 翻って、日本の脳外科医は、交通の便の良くない地方の隅々の病院に2人、3人と赴任して地域医療の現場を支えています。日本では脳卒中を診るのは脳外科医だと思われています。だから手術をしない脳梗塞の患者さんも、ただ血圧を管理して寝かせておく脳出血の患者さんも脳「外科」医が診ています。日本では頭痛の患者を診るのは脳外科医だと思われています。緊張性頭痛でも寝不足の頭痛でも風邪の頭痛でも偏頭痛でも、脳外科医が診てCTやMRIを撮って(多くの場合は患者の希望)除外診断(つまり脳には病気が無い事を証明すること)して鎮痛剤を処方しています。

 私の本音を書きましょう。欧米の脳外科医のように振る舞いたいです。頭痛の患者も脳梗塞の患者も軽症の脳出血の患者も診ません。病院の日直や当直もしません。救急外来には行きません。脳「外科」の患者という診断がついた人だけ診ます、手術します。これならおそらく日本に脳外科医は2,3000人位で済むのではないでしょうか?もう一つ本音を書くと、欧米の脳外科医と同じくらい収入が欲しいです(あちらでは、22年目のベテランなら病院勤務医でも通常3,4000万の年収で多い人は一億円ぐらいもらっているはずです)。

 これでも日本の脳外科医は儲け主義で、脳ドックは失業対策で、日本には脳外科医が多すぎる、と言うのでしょうか?

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コメント

多忙極める脳外科の先生方
どうか仕事に潰されないように
お仕事なさってください。

近藤先生の本にはちょっと。。。

親戚の人に癌が見つかったときに、
近藤先生の本を読んで
そこの家族は一時、
手術をためらったことがありました。

結局、主治医の言葉に従って手術を受け、
10年近く経ちますが、本人は現在、
再発もなく元気に暮らしています。

主治医はその本のお陰で
家族を説得する仕事が増えてしまいました。

近藤先生は、お医者さん泣かせですね。


投稿: ふにゃ | 2005.05.18 21:29

{事故からみえてくる予防医療の危うさ
早期発見の落とし穴、脳卒中予防神話にメス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
手術死を含む後遺症の危険を本書によって知るべきである。   ?藤誠      }
と帯に書かれた
「脳ドックは安全か」山**一郎
の本を、心が不安定なとき、アマゾンで買ってしまいました。

そのあと、このプログをみつけ、今日初めて、1月から読ませていただきました
くも膜下出血で運ばれた患者のリアルな描写にただただ恐れおののいている私です。

いままではただ、ソファで過去の戦争物語を読んでいただけだった!それが戦場へ連れて行かれ現状を見せられた気分です。

今は有名士官学校出のわけのわからないことをのたまう人などのことはどうでもいい。
数々の戦場を潜り抜けてきた軍曹に出会いたい。

50年ほど前、母は結核性脳膜炎の3歳のこどもを救うため家を一軒売りました。

2,3年前」友人のこどもが心臓の手術に海外へ行くひとのために募金しました。

今、医療費が本当に安い。いいことだけど、なにか変?

でも、安い時に一番いい治療をうけたい!
かってな患者の言い分です。

いや、もし、本当に危険な状態から脱出できるなら、私の全財産を先生に差し出してもいい!
(1億どころか何も取得がないけれど)

ちょっと不安で眠れなくてチャイコフスキーの悲愴を聞きながら、ここにぶつけてしまいました。
すみません    (^ー^*) オジャマシマシター


投稿: iruka | 2005.05.19 03:51

ふにゃさん、irukaさん、
 近○氏や山X氏などの本、世の中に存在しても悪い事ではない。皆さんがお読みになるのはいい事です。私は読んでないけど興味はあります。
 問題は、その解釈と反応です。事実に基づいた記載であっても、現実を歪曲するような解釈であるとか、読んだ人が批判的に読めずに「鵜呑み」にしてしまうと、まるで中○人X共和国の教育のようになってしまう危険性があります。戦前日本が中国を侵略し罪も無い人を惨殺しひどい事をしたのは事実。しかし中○共産党も文化大○命で中国国民を含め数千万の人を殺害したと言われています。
 これらの「正しい事実」が「公平に」公開されてそれを「客観的に」解釈するような教育を受けていれば、先日のような抗日デモという名の下の破壊行為などは起きなかったと思われます。
 私の記事が不安を与える事があれば指摘してください。私はこのブロクを書いているのは、カッコを付けるようですが、自分のためではありません。正しい事実を「医者側の視点」でお伝えしたいと思っているだけです。それをどう解釈し反応するかは、読んだ方一人一人にまかされています。

投稿: balaine | 2005.05.19 08:57

 世の中には簡単に論じられない問題をあっさりと断じる人がいるものですね。
 ひげ鯨先生の反論、興味深く拝見しました。

 ITの発達といい、医療の進化といい、ずいぶん10年前とは様変わりしました。活字化された情報は信憑性があるような錯覚に陥りがちですが、マスコミもしかり、鵜呑みにはできません。医療消費者として玉石混交の情報を選ぶ目を養って賢くなるしかありません。

 でも、先生、ご安心を。ちょっとでも病気に関わった人間なら、公立病院の救命救急に携わる医療者の激務やそれに見合わない収入を知っています。脳外科医が多すぎるどころか医師全体が全然足りないと思います。入院中主治医に毎日お目にかかっているうちにその疲労が読み取れましたから...

 一部には地位や名声を追求して諸説を唱える教授先生もいらっしゃるかもしれませんが、現場の医師を支えているのは使命感やそれを体現化できる能力だと思います。大丈夫、消費者もそんなにお馬鹿ではありません。

 
 

 

投稿: ムンテラ | 2005.05.19 09:17

2~3日前に書いた日記ですがTBさせていただきます。
本日は脳外科外来日です。私の主治医もお忙しい方です。頭が下がります。

投稿: @むーむー | 2005.05.19 09:44

正しい事実を「医者側の視点」でお伝えしたいと思っているだけです。それをどう解釈し反応するかは、読んだ方一人一人にまかされています。

先生、いつも素人では知ることのできない情報、ありがとうございます。
非常に参考にさせていただいています。

先生は私のコメントに反論されたんですか??
感想は書きましたが、意見らしきものを言っていないので、反論という言葉を見て、びっくりしました。
(いつも思うのですが、会話調の活字だけの伝達は動作・声の調子・表情がないので
難しい)


多くの情報を仕入れ、最後は自分の責任で決定する、こういう姿勢が大切だと思っています。

情報は、玉石混交で見分けにくい、だからこそ収集に力を注がないといけませんね。

事実は一つでも解釈は幾らでもあるように、病気との闘い方も何種類もあります。
いろんな情報を知り、あれこれ考える、でも最後の決定は直感によると思います。

投稿: ふにゃ | 2005.05.19 22:30

ふにゃさん、
「先生は私のコメントに反論されたんですか??
感想は書きましたが、意見らしきものを言っていないので、反論という言葉を見て、びっくりしました。」

おっしゃっていることがよくわからないのですが。
「反論」ということばは、この記事の本文の最初に書いた事を指しているのでしょうか?だとすれば引用したサイトの内容に反論している、と理解していただけると思うのですが、、、

投稿: balaine | 2005.05.20 01:13

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受信: 2005.05.19 09:46

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