痛み止め(5/8の1つ目の記事)
友人と話していて興味深いことを聞いた。「痛み止め」がどこに効くのか、ということである。
「痛み止め」「鎮痛剤」などいろいろな呼び方があるが、薬剤によって作用機序はいろいろある。普通に「頭が痛い」「歯が痛い」「腰が痛い」などに対して薬を使う場合、いわゆる「痛み止め」をのむ。つまり錠剤や粉薬の内服である。静脈内投与や筋肉内投与の鎮痛剤注射薬は医療機関にいかなければ投与できないので手軽ではない。病院でもらう鎮痛薬もあるが、市販の薬が多く用いられているであろう。この「痛み止め」はそのほとんどが「脳」に働いて痛みを鎮めているものである。
痛みの認知には、次のような順番がある。
1 痛みを招来する侵害刺激(例;針で指を刺した、包丁で切った、熱いやかんに触った、歯に虫歯ができた、など)
2 侵害刺激受容体の興奮(全身に分布する痛覚センサーが痛みの刺激を感知すること)
3 侵害刺激の脳への伝播(末梢神経ー>脊髄ー>脳)
4 侵害刺激の「痛覚」としての認識(脳内において、電気信号が「痛覚」となること)
5 痛覚の認知、記憶などの学習(痛覚を苦しいもの、嫌なもの、避けるべきものと記憶する事)
この回路の中で、普通の鎮痛剤は3,4の間に働くことによって効果をもたらす。つまり「侵害刺激」が脳に伝わって「痛いよ〜!」という感覚になるところでその電気信号の伝播を抑えるのである。
その友人は、「痛み止めは、体の痛いところ(歯なら歯、頭なら頭)に薬が流れていって効くのだと思っていた」というのだ。専門的知識のない人にとっては、そのように考えても仕方ない。左の下の奥歯が痛い時に痛み止めを飲んだら痛みがスーッととれていった場合、薬が「左の奥歯」に効いた、と考えても不思議ではなかろう。のどが痛い時に鎮痛剤を飲んだらのどの痛みが和らいだ場合、くすりが「のど」に効いた、と考えるのが素直な考え方かもしれない。
違うのである。鎮痛剤は、「痛み」という感覚になる前の「侵害刺激信号」が脳に伝わって、「痛い!」という感覚を引き起こすところでブロックするのである。だから「痛い!」という感覚の原因になる侵害刺激を取り去っていない限り、薬が切れるとまた「痛いよ〜」となるわけである。もし虫歯を取ったら歯の痛みが消えるのであれば、根本的には痛み止めを飲むのではなく虫歯をとる治療を受けるべきなのであるが、「今痛い」ときにすぐ歯が抜ける訳でもないのでまず痛みを和らげる治療が行われる。
頭痛にしても同じ。「頭が痛い」その言葉通り。しかし、「頭」とはどこなのか?よく、「頭が痛いので脳卒中が心配です」という患者さんがいるが、脳=頭、ではない!頭痛の多くは、頭蓋骨の外にある頭の皮膚、筋肉などの軟部組織に起こる。痛み止めを飲んで頭痛が和らぐのは、この頭の筋肉にある痛覚受容体が刺激されてそれが頭皮にある末梢神経から脊髄または直接脳(この場合は三叉神経というもの)に入って、「痛覚」として認知されるところでブロックしているのである。
内服薬以外では注射の痛み止めも脳で効果をもたらすのは同じ。痛み止めの多くが、「痛覚」を抑制すると同時に脳の興奮を抑制する働きももっているので、「ボーっとする」とか「眠くなる」という感覚が起こる。これらは必ずしも副作用ではなく、主たる作用に伴うものである。そのほかの痛み止めとしては、ブロック注射。これは「痛いとこ」、正確に言えば「脳の中で痛覚と認知する痛みの信号を起こしている侵害刺激情報が発生している現場」からその刺激が末梢神経を伝わって脊髄そして脳へと伝えられていくことをその名のとおりブロックする。左人差し指を傷めた場合、その現場より中枢側、すなわち脳に近いほうの神経が走っている皮膚の下に「麻酔薬」を注入して、侵害刺激の伝播を起こさないように神経を麻痺させるのがブロック注射である。即効性があるし、効けば驚くほど痛みがなくなる。麻酔をかけているのだから当たり前といえば当たり前。「ブロック注射」は「侵害刺激情報」だけを選択的にブロックはできない。末梢神経から脳に伝わる「体性感覚」を、注射したその現場ですべてブロックする。だから触覚であるとか、深部感覚という大事な情報もブロックされる。歯が痛い時に歯茎に痛み止めを注射される(ブロック注射!)と、しばらく歯茎やほほなどがしびれて感覚が麻痺する、あれである。
たとえるならば、内服などの鎮痛剤は高速道路からICを出るときの料金所で、暴走族だけを捕まえてその他の車は通しているようなもの。ただ検問しているので普通の車にも通行に影響は出る。ブロック注射は、高速道路上を閉鎖するようなもの。暴走族も普通の車も通れない。
このブロック注射の大好きな患者さんたちがいる。腰や膝の痛い、お年寄りの多くは女性、すなわち「お婆ちゃん」たち。特に他の医院や医師にブロックを何回かして貰って味をしめていると大変。
患者「先生、膝に注射うってくれ!」
私「私は脳神経外科医ですから膝の痛みの治療は整形外科に行ってください」
患者「前の先生は、膝に注射してくれたのに」
私「痛みにブロック注射を繰り返すより、痛みの原因を探ってそれを治したほうがよい」
患者「注射してくれないのか?」
私「できないわけではないけれど、ブロック注射の経験は少ないですから。私は膝や肩の治療をする医師ではないので、専門の医師の所に行きなさい」
患者「・・・・・」(嫌な医者だよ、、、けち、、、無能、、、前の先生が良かった、、、と思っているかどうかはわかりませんが、そんな雰囲気は漂います)
私「・・・・・」(ブロック注射の功罪をここで詳しく説明しても理解されないだろうしこちらも疲れるし、、、)
痛みをとること、これは医者が患者さんに行う医療行為の中でも大事なことである。極論すれば病気が治らなくても痛みが取れればいい、ということすら言える。痛み=苦痛だからである。人間は動物だから、必ず老い死ぬ運命。ならば無理に病気を治すことよりも、苦痛を取る、和らげる、そのために知識・経験・技術を発揮するのも医者の重要な役目。しかし、つい我々は「病気を治す」ことに必死になってしまう。
患者側からすれば「病気が治る」ことよりまず「苦痛が取れる、やわらぐ」ことを求める。これは当然ではある。しかし、今おこなっている医療行為の目指すところが何なのかを、医者も看護師も患者もともに考えるべきなのである。お互いの幸せのためにも。(世田谷の妹宅にて。5/8 10:50)
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コメント
私は父を大腸がんで失っています。
見つかったときには、あと3ヶ月と言われ、入退院を繰り返し、医師の言うとおり、3ヵ月後に逝きました。
そのとき辛かったのは、痛みで顔をゆがめる父の表情を見ることでした。
このような時間が長く続けば続くほど本人は苦しむのであり、痛みのコントロールがうまくできないものかと思っていました。
ホスピスにはいけない癌患者もおおいはずです。私たちも死について学ばなければなりませんが、医療機関でも癌患者の看とりについてもっと熱心に取り組んでいただきたいと思います。
投稿: ふにゃ | 2005.05.08 15:22
今日の話は、痛みって何なのかすごく分かりやすかったです。
私は、開頭手術をして、手術部位は今でも常に痺れていますが、
手術によって神経が傷ついているからしかたないのだと言われました。
疲れたときなども以前はあった頭痛というものがほとんどなくなり、かえって楽になったことは嬉しいことです。
でも、ある意味、何か起きても伝わらないわけですから、危険なこともあるということですね。
投稿: mayako | 2005.05.08 17:26
ふにゃさん、お父様、そうだったんですか、、、
私は、大学にいたときは、「難治性疼痛」の治療としての、脳深部電気刺激や脊髄硬膜外電気刺激療法にも携わっておりました。でもホスピスについて学んだ経験はありません。大事な事とはわかっているんですけど、、、
mayakoさん、末梢神経は特殊な事をしなくてもある程度再生し元に戻ります。でも手術の傷跡は、「怪我」ですから何年経っても雨降りの時や寒い日などに疼いたりしびれたりするんです。鈍い感覚がずっと残っていても強い、激しい痛みが繰り替えるよりはいいのでしょうね。
投稿: balaine | 2005.05.08 20:16