シャントの効果
5/17「種々の話題」のところで、私が手術した当院の脳動脈瘤の成績を少し書いた。その中で、Hunt & Kosnikグレードの3またそれより良い患者さんで自宅に帰れなかった人が一人だけいる、と書いた。当時78才。クリッピングの手術は大過なく、脳室ドレナージを入れている間は会話も出来ていたが、ドレナージを抜いた後やはり「正常圧水頭症」になり脳室腹腔シャント術をした、一度、シャントの管が詰まって水頭症が悪化し、シャント手術の再建(入れ直し)をした。その後、目は開けているがボーッとしたままで反応が乏しく、口から食べていたご飯も全く食べなくなり、結局胃管から流動食を注入することになった、家族である子供もそれぞれ独立しており引き取れないという事で、胃ろうを増設してそこから流動食を注入しその他ほぼ全介助の状態で自宅近くの療養型の病院へ転院した。シャントがなぜ効果をあらわさなかったのか疑問もあったが(外から圧を変更できるシステムだったので、10→8→5→3cm H20と変えてみた)、造影テストでは管は通っていたし、78才で耳が遠いということで痴呆が悪化したのか、という結論であった、
5/17の記事で思い出した訳ではないが、転院していた病院からお腹のシャントチューブを入れた傷が化膿しているという報告があり、すぐに緊急転院してもらった。皮膚が薄くなり管が見えていた。頭からお腹まで入れていたチューブをすべて取り除いて皮膚を消毒して縫い直し、管はすぐに入れずに1週間おいたところ炎症は治癒したので、シャントを入れ直した(この人にとっては3回目)。
それから1週間程経つ。水頭症がCTの形の上でも少し改善して意識状態も改善している。まったく喋らなかったのに会話が少し可能である。補聴器をつけたせいもあるが、大きな声で呼んでもボーッとしているだけだったのに、会話ができるようになってきた。私の事を知っているか?と問うと、小さな声で
「わかるよ、、、」
と答えた。ずーっとシャント機能不全だったという事か。。。
このままの調子なら口から食事も出来そうである。リハビリを今日から開始する。自宅に歩いて帰れるかもしれない。79才であるし、半年以上寝たきりだったのだから厳しいかもしれないが。もっとよくしたい!もっとよくなって欲しい!たくさん欲が出た。シャントの効果が期待される。
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昨日の記事に頂いたコメントの中にインドの医療事情の事が少し触れられていた。
同じような環境に隣国のバングラデシュがある。そこから脳外科を学びに来ていた医師を世話した事がある(大学で医局長をしていた時)。彼自身は普通の身分らしい。奥さんはゼネコンの社長令嬢でこの人も医師。結婚式は奥さんの出身地と彼の出身地で3日3晩連続してお祝いしたと聞いた。医師になるにもお金がかかるのでなかなか身分の低い低所得層から医師になれる人はいない。バングラデシュは多くの人が貧しい。医療サービスを受けられる機会は少ない。脳外科医はほとんどいない。いても手術器械がない。手術用顕微鏡がないのである。だから日本で我々がおこなっているような、1mm以下の精度でおこなっている繊細な手術なんてバングラデシュには存在しない。手術顕微鏡があっても使える人がいない。日本と同じくらいの人口1億人が暮らす国に、当時(4年前)MRIが2台しかないとも聞いた。
くも膜下出血になったらどうするのか?と聞いたことがある。
お金持ちはシンガポールに行く。インドに行く人もいる。たいていは病院で寝かせておくだけ。何割かが死亡する。何割かが寝たきりになる(バングラデシュではそのまま死亡する事に等しい)。何割かが障害を残して退院する。そんな感じなのだそうだ。戦前の日本のようである。(日本で「脳神経外科」という診療科ができたのが昭和30年代。法的に診療科として認められたのは昭和40年の医療法からである)
シンガポールに行く、といっても飛行機で行かなければならないから、飛行機に乗れるくらい軽症か元気になってからしか行けない。だから、バングラデシュには「急性期」の脳卒中手術というのは存在しない。進んだ日本の脳神経外科医療を学ぼうとそういったアジアの国々がらも留学する医師が増えている。
だから日本の医療制度がいい、とは思わない。おかしな点、矛盾するところ、一杯ある。一番良くないのは、厚生労働省や医療行政に携わる上の方の人達に、長期を見通すビジョンが欠けているか、あってもそれを実行する行動力がないのではないかと思われる。戦後の混乱期に出来た現行の国民皆保険制度を見直す必要がある(既に破綻しているのだから制度がおかしいのである)、出来高払い保険点数を見直す必要がある(治療が上手く行かずに薬をたくさん使った方がササッと治した方よりもたくさん稼げるというおかしな制度)、医師の能力や経験に応じた医療費請求を考える必要がある(どんな立場のどんな実力の医師であるかによらず、同じ診断名、同じ手術名なら同じ料金という制度は変)、家庭医、総合内科医など総合力の高いプライマリーケアの出来る医師を養成する必要がある(脳外科など本来専門性の高い医師まで家庭医のようなことをやらざるを得ないのが現状)、医療費を抑制する事ばかり考えず不必要な部分と必要な部分の差別化をきちんとするべきである(差別化せずにみんな仲良くやりましょうというのが従来の日本の手法、無駄なところは省いて捨ててもよい、しかし最新鋭の医療機器や治療手段が導入され安全性と確実性が向上して進歩している医療が「安く」なるはずがない、国民が長寿と健康を求める以上は医療費は膨れ上がるものだという正しい認識が必要)などなど。
破綻している国民皆保険制度をむりやり存続させて(この制度にもいいところはあり世界に誇れる部分もあることはある)膨れ上がる医療費を押さえつける事ばかり考えているのが役人。机上の空論とはこのこと。その役人が何かの病気で入院したりしたら、最新式の器械で検査をして欲しいと思う訳だし、必要のないと思われる検査まで「入院したついでに診てもらいたい」などと言う事が多いし、治ったようですし症状がないから退院しなさい、といわれても「もう少し入院させて欲しい」と無駄な医療費を使うのは間違いない。人間、自分は可愛い。
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タイトルから離れてしまったが、日本ではCTもMRIも全国津々浦々まで揃っているし、脳外科医は離島以外にはだいたいいるし、脳の手術が緊急で受けられる病院が車で一時間の範囲にない、という地域はごくごく稀だと思われる。シャント手術だって管が何種類も選択可能で、世界中の道具、器械、治療法が医師の裁量によって自由に選択できる、良い国なのである。
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