First, Do No Harm.
「ヒポクラテスの誓い」の言葉(と信じられているが、違うという説あり)。
うちの教授もことあるごとに、この言葉をもって我々に注意される。
人間は動物の仲間。病気をしても免疫機構があり「自然治癒力」というものがある。特に内科系の疾患において医師がしている仕事は、この「自然治癒力」を助けてあげることである、とすら言える。
風邪をひいて熱が出ても、「かぜぐすり」を飲まなくても寝ていればだいたい良くなる。お腹が痛くなっても、下痢したりしてなんとかお腹に優しいものを食べたり水分をとって寝ていればそのうち良くなる。
患者さんは、「痛い」とか「高熱が出た」とか「下痢が止まらない」という『症状』を抑えてほしくて病院に来る。ようするにお薬は「対症療法」が主である。病気の本体を治す薬ではなく、患者の苦しむ症状を和らげたり取り除いたりする薬である。病気そのものは、苦しい症状を抑えている間に自分の身体が治す。自然治癒力である。
万が一の話しではあるが(といっても架空の事ではなく毎日のようにどこかで起きている事であろうが)、医者が使う薬を間違ったり適切な量でなかったりしても病気が治る事はある。医者も患者も「薬が効いた!」と勘違いして喜んでいる事もあり得る。たまたま、間違って投与した薬が副作用を起こす量でなかったり、「その」疾患を治療する薬ではないけれど症状を悪化させる作用が無かった、とかそういうことで医療側も患者側も気がつかないうちに病気が治っている事だってありうる事だ。治れば医者も患者もうれしい。満足。
「あの先生はいい先生だ!」と勘違いしている事だってある。
人当たりが良い、笑顔がいい、ナースの対応がいい、病院が綺麗だ、などと言う事で評価されることもある。
要は結果が良ければいいのである。なにがどうなって、などという途中経過は間違っていても結果が良ければいい。内科疾患、小児疾患には自然治癒するものがたくさんある。特に炎症性疾患(感染など)。もしかすると薬を投与しなくても、治療しなくても治ったかもしれないけれど、医者にかかってよくなれば「治療のお陰」と誰もが思うだろう。
一方、外科的疾患に自然治癒はあるか?もちろんあるが内科的疾患に比べその期待は薄い。たとえば脳腫瘍などの「できもの」。本来細胞の中にある自然治癒力がおかしくなって本人の細胞が腫瘍化しているのだから、これに自然治癒を期待できない。だから手術で切り取る訳である。脳卒中にも自然治癒はある。というか、悪化を抑えたり進行を食い止める身体に備わった力はある。しかし、脳卒中は一度発症したら「元に戻る」ことは期待薄である。だから発症させないよう予防するのがベストな治療である。この「予防治療」のための薬や手術で患者に害を与える事はやっては行けない事である。
だから未破裂脳動脈瘤の手術治療において脳外科医も患者も悩む訳である。たとえ手術するしか無い脳腫瘍の治療においても、手術というのは治療法の一つの手段にすぎないのだから、全摘出にこだわらない、という考えは大事である。すべて取り去ってしまうことより、「新たな後遺症を出さない」「既にある症状を改善する」ことを主眼におくべき。
「脳の中に腫瘍ができたんだから障害が残っても仕方ないでしょう」
「脳卒中で手術したんだから手足の麻痺が出ても当然でしょう」
こんな考えの脳外科医は(30年前ならいざ知らず)もはや世の中にいない、と信じたい。たとえ腫瘍が少し残っても新たな症状を出さない事が大事。残った腫瘍は、ガンマナイフでやっつけられるかもしれない。もし再増大するならもう一回手術でとればいい。もしかすると残った小さな腫瘍はしばらくおとなしくしていてすぐには大きくならないかもしれない。後遺症は、一度出てしまえばなかなか治らない。麻酔も手術も昔に比べ格段に安全性が向上しているのだから、「一発勝負!」のような事はしなくてよいのである。
自然治癒が期待できない疾患においては、医者は、まず症状を悪くしない事、病気を悪化させない事、に心くだいて、「治癒」を目指すのはその次だと思う。
First, Do No Harm
ヒポクラテスか、ガレンか、誰が言った言葉にしても2000年を超えて引き継がれるべき真理である。
ーーー
話しは「がらっ」と変わって。
今日、病棟を回診していたらある患者さんの枕元に漫画がおいてあった。「のだめカンタービレ」というその漫画は、実は私の愛読書。単行本は全巻持っている。そういえば第12巻がでているはず。
買いにいかなければ。
しかし、この漫画を読んでいる患者さんが、40代の男性だったので驚くとともに、そんな話しでベッドサイドで盛り上がってしまった(笑)。
知っている人にしかわからない話題でした。v(^^)
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コメント
First, Do No Harm. ...深い言葉ですね。
脳外科疾患は、発症→手術と展開が早くて考えるゆとりがなさそうですが、未破裂動脈瘤のように、治療法を選ぶ時間がある方の揺れる思いはいかばかりかと思います。私の友人にも、腫瘍をすっかり取り去ることはできなかったけれど、これでしばらくは増大しないだろうと言われ、1ヶ月ほどで社会復帰した方がいらっしゃいます。決して手術のための手術であってはなりませんし、QOLが大切です。
人の持つ自然治癒力は意識しませんが、あるのでしょうね。母が転院した先の病院には、いろいろな患者さんがいらして、そこにはその自然治癒力を高めようと、民間療法や宗教など、さまざまな手が伸びていました。1日も早く退院させたいと思わず看病に力が入ったものです。
今思うところあって内臓疾患について勉強中です。手術法、放射線治療、化学療法....なかなか頭に入ってきません。やっぱり.....自然治癒力かな.。
投稿: ムンテラ | 2005.05.22 23:16
ムンテラさん、
宗教や民間療法などを「間違っている」と一蹴はできません。動物の体内にある免疫力、自然治癒力は馬鹿にできないどころか、とても大切です。「治りたい」という強い意志の力は病気を克服するために必要です。
肝心なのは、科学的根拠の薄い民間療法などを信じるあまり、科学である西洋医学を否定したり医者の言う事を無視したりしないこと。事態を冷静に判断できるかどうかです。
投稿: balaine | 2005.05.23 00:25
ええ、もちろん「間違っている」とは思いません。「病は気から」という言葉を信じていますし。 若くして病に倒れた父も医師が驚くほどの精神力で寿命を延ばしましたから...
ただ判断のできない母に、病院で家族の知らぬ間にいろいろな手が伸びたことに、私が個人的に違和感を感じただけです。
きっとへそ曲がりなのでしょう。人が騒げば騒ぐほど懐疑的になっていくような気がします(笑)。
投稿: ムンテラ | 2005.05.23 09:21
わーい!一発勝負の時代に私は脳腫瘍にならなくて良かったです、今で(^^)。今はお医者さんと一緒に協力して頑張っている感じが好きですから。
投稿: @むーむー | 2005.05.24 17:12