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2005.04.06

髄膜腫摘出術

 今日(4/5)は蝶形骨縁髄膜腫の摘出手術であった。6〜7時間を予定していたが、ちょっとしたトラブルがあって7時間半かかり先ほど(22時過ぎ)ICUに戻って、今しがた(23時前)机のパソコンの前に座ったところである。
 「ちょっとしたトラブル」というのは、腫瘍に巻き込まれていた中大脳動脈という大事な脳の血管の細い枝の一本を剥離の際に傷つけて出血したことである。腫瘍は直径5cm強あるので頭蓋内腫瘍(=脳腫瘍)としては巨大な方に入る。つまり難しい手術と言える。
 蝶形骨という頭蓋底の骨をhigh speed drillで削り脳の圧排を軽減して腫瘍の摘出に入った。硬膜外から栄養血管を凝固し腫瘍内容を超音波メスや電磁場メスなどで減らしつつ脳から剥離していった。最後の段階で巻き込まれた中大脳動脈が確認され、これを手術顕微鏡の拡大を大きくしてマイクロシザー(要するにハサミ)を使って血管表面に残るくも膜を確認してこれを血管側に残すように剥離しながら切除していった。ところがまっすぐ走っていると考えた中大脳動脈に直角に曲がった小さな枝があったため、その起始部のところをハサミで少し切ってしまい出血した。中大脳動脈から分かれる血管の最初の枝が巻き込まれていたので、これにテンポラリークリップ(一時的に血流を遮断するために血管をつまむ洗濯バサミのようなものでステンレスやチタンでできている)をかけ出血をコントロールして、手早く血管周囲の腫瘍を剥離して血管に沿って切離して上下2個の小さな塊にして、残った脳との癒着面をはがして腫瘍を摘出した。
 幸い、傷つけた血管の支配領域は小さく、止血用のスポンジを3mmx3mm大くらいに切ってあてて出血を止め、クリップを外した。この血管を傷つけたこと以外は、自分で言うのもおこがましいがほぼパーフェクトな手術であっただけに残念だが、手術時間が一時間くらい延長になっただけで大過なく終えることができた。

 と、ここまで書いたところで、別の病棟に入院中で脳幹梗塞に腎不全を合併してしまった方がお亡くなりになられたので、死亡確認、処置、死亡診断書記載のため病棟に行っていた。その間に日付が変わってしまった。4/5に書き始めたのに4/6の記事になってしまった。

 上記術後の患者さんは、麻酔も次第に覚めて呼びかけに開眼して返事もするし、手足も両方しっかり動かせる。小さな枝の血管損傷の影響は幸い出ていないようである。ほっとした。まず、腫瘍は全摘出できたし患者さんの年齢(70歳台後半)を考えれば「治癒」といって良いと思う。私の手柄ではなく教授のお陰なのだが、ある分厚い脳神経外科手術書の「蝶形骨髄膜腫」の項は実は私と教授の連名で執筆している。その中で、腫瘍に巻き込まれた血管の剥離、温存の仕方を述べているのだが今日の手術はまさにその再現であった。教科書を書いた時はこの手術を自分でやったことはなく、教授の手術をビデオから何枚かの手書きの絵に起こして解説したものである。そのお陰で、腫瘍摘出のポイントやちょっとしたコツ、テクニックなどというものを知らないうちに教授から教わっていたお陰で今日の手術も大過なくできた訳である。よく、「天才脳神経外科」などという表現がテレビなどでもてはやされるが、どんな外科医にも必ず師がいて先輩がいて同僚がいて助手がいるのである。一人で何でもこなしてしまう「ブラックジャック」の様な脳神経外科医は残念ながらいないし、現実の世界ではいらないのである。

それにしても約13時間、飲まず食わず(さっき飴を2個なめて缶コーヒーを一つ飲んだけど)でどうしてやせないんだろうな〜(;;)

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コメント

参考になりました。59歳の愚妻が左目の視力低下から、白内障、脳下垂体線種そして蝶形骨部髄膜腫疑とこの1ヶ月で急転。
昨日栄養動脈に栓、少々血流減少と。明日開頭手術予定。5センチで場所が悪く、神経・血管の巻き込まれも危惧され、全摘出は無理かと。懇切な説明から体力勝負の印象を受けましたが、担当の若い医師たちに期待しつつ、明日は息子と早朝から夜半まで覚悟の一日です。それにしても脳神経外科(1ヶ月前は脳外科とどう違うの?と問う始末)の医師の大変な日常に心から敬意を表します。有難うございました。

投稿: 近藤秀男 | 2005.04.13 09:17

近藤さま、コメントありがとうございます。
奥様、大変ですね。ご心配でしょう。下垂体腺腫と鑑別が難しい髄膜種は、私が4/6に書いた髄膜腫よりさらに難しいと思います。手術野が深いことと視神経、内頸動脈が絡んでいる事が多いです。「白内障」と最初に診断されたという事は、腫瘍によって視力も低下しているのでしょうから更に難しさが増しますね。
でも担当医は「懇切な説明」をされたとのことですから信頼できる方々だと思います。日本の脳神経外科のレベルの高さを信じてください。私の執筆した「蝶形骨髄膜腫」の手術方法の部分も担当医の先生方はもしかするとお読みになった事があるかもしれませんね。『脳神経外科手術アトラス』というんですよ。
明日の手術の成功をお祈りしております。

投稿: balaine | 2005.04.13 12:07

4月26日に主人が三度目の下垂体腫瘍の死術をしました。
去年の2月に一度目の手術を鼻から・・・そして再発!今年二度目を2月にしかし腫瘍の形が悪く視神経に圧迫している部分は取れませんでした。
そして今回三度目を開頭手術をしました。
今は顔の腫れは少し引いてきたのですが目が半分しか見えてません。それも右と左が上下ずれて見えるそうです。
これは一時的なものなのか障害として残るのかとても不安です。

投稿: 内田 | 2005.04.29 16:46

内田様、コメントありがとうございます。
下垂体腺腫は元来良性のもので、全摘出すれば治癒、部分摘出でも症状改善ということが多いのですが、なかには大変な症例もあります。私がよく知っているアメリカ人の脳外科医で内視鏡の下垂体手術で有名な先生がいるのですが、有名だけに難しい症例がたくさん紹介されてきていました。再発に再発を重ねて腫瘍が固くなって取りにくくなっているものもありました。
主治医の先生は現時点での最良の治療法を考えてくださっていると思います。今後の治療や症状、後遺症についても主治医の先生とよく話し合ってください。
一日も早いご快癒をお祈り申し上げます。

投稿: balaine | 2005.04.30 14:24

右目の不調から8月に右蝶形骨縁髄膜腫の手術し、13時間かけ腫瘍もとれました。
目が二重に見えてましたが治りました。
薬はデパケン飲んでましたが発疹のためアレビアチン散10%2g、朝、夕飲んでます。3~4年服薬するように言われました。車の運転は禁止、地方で車のない生活はすごく不便です。
訪問介護の仕事してましたが仕事もつけずお年寄り達は待つてくれてるのですが、、、
日々忙しい毎日でしたので家にいることは苦痛で頭がおかしくなりそうです。
元気になつたから言えることなんでしょうがね。目も見え後遺症も残らず、運転ができないことくらいどうつてことないのでしょうが、仕事も好きなことも出来ず、、、
贅沢な悩みでしょうが、我慢なのでしょうか?
運転はできるとは思うのですが、、、

投稿: ひろりん | 2010.02.12 14:51

ひろりんさん、5年近く前の記事にコメントありがとうございます。
髄膜種の手術の中でも難しい部類に入る、蝶形骨縁の手術の成功、おめでとうございます。主治医の先生に感謝しましょうね。
さて、抗てんかん薬内服と車の運転の事ですが、診てもいない患者さんに対して無責任な発言は出来ません。主治医の先生と話し合ってください。術前、術後に一度もてんかん発作を起こした事もなく、ただ「予防」の為に抗てんかん薬を内服しているのであれば、車の運転を制限する事は私はしません。薬の血中濃度をしらべ、脳波を取った上で、いろいろ考えてやることですので、素人判断で薬を止めるようなことはお避けください。
私なら薬の内服を続けながら、慎重に車の運転は許可すると思いますが、手術を執刀した医師が、やはり一番ひろりんさんの脳の状態を理解していると思いますので、車の運転や抗てんかん薬の内服について相談してください(一般論としては、手術後に3〜4年内服しその後オフ、ということの根拠は希薄ではないかと思いますが)。

投稿: balaine | 2010.02.13 02:38

やっぱりそうですよね、一度入院中、家に外泊した時入浴後立っているのがしんどくなり二度程前に横に倒れてしまい、旦那によると立ちあがる時洗濯機にささえる肩が震えけいれんしていたと、自分ではまったくわからなかったのですが、、、、
薬嫌いの私でしたが脳なのでしっかり飲んでます。
手も足も動いて目もみえて顔もかわらず幸せなのに元気になると忘れるんですね、事故したらいままでの苦労が水の泡ですから先生と相談しながら、自分の出来る頑張れることをみつけます。
ありがとうございました。

投稿: ひろりん | 2010.02.13 15:02

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