やっと咲きました。
昨晩遅く盛岡から戻った。結局、盛岡は寒く、「石割り桜」はタクシーの運転手情報では「3輪だけ咲いた」ということだった。今回は車で行ったが、金、土と2日にわたって「同時通訳」を担当したり、聞きたいセッションが詰まっていたため、県庁近くの「じゃあじゃあ麺」の老舗「白龍(パイロン)」に行った以外は学会場から一歩も出なかった。
帰り道、夕刻から夜になったが日本海の海岸沿いを走る部分があって、大きく広がる海原を久しぶりに見た。海はやはりいい。
さて、今回の学会でも興味深い事はたくさんあった。脳神経外科の世界では、かなり前(10年くらい)から「未破裂脳動脈瘤」の治療に関する話題は必ず一つの中心的なトピックスとなる。「脳ドック」などをやっているのは世界中で日本だけ。日本以外の国では、破れてくも膜下出血になったら当然だが、破れる前に積極的に瘤を発見して治療してしまおう、というのは米国の一部の脳神経外科医くらいしかいない。
実際、フロアからのコメントや座長の発言にもあったのだが、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を超急性期(倒れたその日や翌日)に頭を開けて手術する、というのは30年前には世界中で日本でしかやっていなかった。先進諸外国であるイギリス、ドイツ、アメリカなどでも「破裂してすぐの脳は腫れているから、すぐ手術するなんて気違い沙汰だ!」と批判的であった。しかし、先達の優れた日本人の脳神経外科医たちは、「ただ寝かせているだけでは、再破裂を起こして助かる人が助からなくなる。合併症を起こして具合が悪くなる。すぐに開頭してクリップをかけて再破裂を防ぎ、どんどん起こして合併症を起こしにくくすべき。何よりも再破裂により亡くなる人をなんとかしなくては、、、」と超急性期の手術を批判にもめげず続け、その結果、良好な治療成績を世界に示した。諸外国はそれをみて、「そうか。急性期に手術するのはいいんだ!」と納得し、今や医療における先進諸外国で日本と同じく急性期手術をしない国はなくなった。
それでも日本の脳神経外科医は、「いくら我々が夜中に緊急手術をしても助けられない患者さんや重篤な後遺症を残す人がまだたくさんいる。なんとかできないのか!」と考えたあげく、破れる前に処置してしまえば「くも膜下出血」にならないのだから、「未破裂」の状態の人を見つけたい、という流れになったのは当然である。
時を同じくしてMRIが普及し、その機能が向上し、MRAという造影剤を使わずに血管がある程度(現状では2mm以上?)の太さなら写るようになった。脳神経外科を他の病気で受診したり入院した患者さんの中に、偶然未破裂脳動脈瘤がみつかって手術を行うようになった。そして「脳ドック」が始まりこれも瞬く間に全国津々浦々に普及した(中には、脳神経外科医も神経内科医も神経放射線科医いないのに脳ドックをやっているところもあるが)。「未破裂」の「瘤」を「破裂」しないように治療できれば、くも膜下出血で倒れる人がいなくなる。これでくも膜下出血は激減する!とさえ思われた。
しかしそこに大きな問題が生じた。未破裂、つまり無症状の人に頭を開けるような大手術を行う。100%成功すればよいのだが、そうはいかない。中には、笑顔で歩いて病院に来られたのに棺桶に入って出て行く事になったり、寝たきりになったりする患者さんも出てきた。そこまで行かなくても、後遺症が残って元の仕事に戻れなくなったりする人も出てきた。Informed consentをきちんとしていなかったためか、各地で訴訟沙汰になっていることがあると聞く。「元気な人を元通り元気なまま退院させてこその予防的治療」なのは言うまでもない。しかし医療には低いながらもリスクはある。これを「0」に近づけるべく医療側は努力をするのは当然だが、決して0にはならない。航空会社は飛行機事故など起こしたくはない。しかし決して0にはできない。
この10年程の間に、もうひとつ、「血管内治療」が発展してきた。まだまだ発展の途上ではあるが、全国的に、世界的に医師側にも患者側にも受け入れられる確立した治療法となってきた。未破裂の脳動脈瘤を、頭を開かずにカテーテルを使って治せるならばこれがベストであろう。ヨーロッパでは既に未破裂脳動脈瘤の治療は大半が「血管内治療」になっている。アメリカでも「血管内治療」が半分くらいになっているらしい。翻って我が日本では、まだ15%だけが血管内治療でその他は開頭手術を受けている。理由はたくさんある。
諸外国の「脳神経外科医」というと、その仕事は「脳腫瘍」か「脊椎・脊髄」なのである。血管障害(脳卒中など)を専門にしている脳神経外科医は、欧米ではむしろマイノリティである。欧米の医療制度では、患者の加入する保険(日本で言えば生命保険と同じようなもの)によって医療費が賄われる。よって「血管内治療」に使用されるプラチナ製のコイル(これはすごく高い!)の使用料金は使った分がすべて患者さん(保険会社)に請求される。一方、日本は健康保険制度なので「保険点数」というものですべてが決められてしまう。だから前にも書いたように、大学の教授がやっても私がやっても、脳表に近い小さなやさしい脳動脈瘤でも、脳深部で大きな難しい脳動脈瘤でも、「料金」は同じ、統一されている。だから「血管内治療」にしても誰がどこの部位の動脈瘤を、何本のコイルを使って治療しても料金は同じ。材料費に当たるコイルのお金は患者さんには請求できない。となると病院が儲からない。血管内治療をきちんと行うためには数千万はする血管撮影装置を設置し、高価なカテーテルやコイルを準備しなければならないが、それで病院の経営上は赤字になるのであればなかなか広く普及しないという要素が含まれよう。もう一つ、これは日本の脳神経外科医の「自惚れ」かもしれないが、諸外国の脳神経外科医に比べて腕がいい。諸外国で発生するような手術にともなうトラブルが日本では少ない、と信じている(とあえて言っておく)。しかし、技量というのは個人差がある。だから腕の良くない医師もいるだろう。腕の問題ではなく「心」の問題もあるだろう。こういったことは数値で判定できないので難しい問題であるが、たとえば困難な脳動脈瘤を前にして、「ここで無理してクリップをかけると後遺症を残すかもしれない、今は無症状なのだからここは勇気ある撤退を」と頭を開いただけで何もせずに帰ってくる事だって必要である。そういう、腕や心を持っているかどうかも大事である。しかし、総じて日本人はやはり器用で、日本人の脳神経外科医は腕の確かな人が多いと思う(我田引水ですみません!)。
こういった事どもが、日本ではまだ開頭クリッピングが主流で血管内コイル塞栓術が少ない理由であろう。しかし、おそらく今後3年位の間にこの数字も逆転し、日本でも「未破裂脳動脈瘤」はもちろん「破裂脳動脈瘤」でも血管治療が主流という時代が来るだろう。しかし、決して手術はなくならないであろう。どんなに血管内治療の技術開発が進んでもこれが100%になることはないだろう。その時にやはり頭を開いてきれいに手術ができる医師は、今よりもなお必要とされるはずである。火曜日に手術した2個の未破裂瘤を持つ患者さんは、傷の痛み以外は何も症状が無く、本日半分抜糸した。きわめて順調である。
今日はよいお天気。こちらでも桜は8分から満開らしい。
花でも愛でにいかん。
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コメント
こちらでは桜は葉桜へ移っています。
目に青葉の美しい季節が近づいてきました。
学会お疲れ様でした。同時通訳とはすごいですね!!
アドバイスありがとうございました。
ミスを連発していたこの1ヶ月間は、想像力以前の問題がありました。
というのはいつもなら仕事の優先順位を考え、計画的にやっていたのが、近頃は締め切りの迫っているものを片っ端から片付けるという乱暴なやり方で見通しも立っていませんでした。
先生の言われる「想像力を働かして仕事をする」というのには、思い当たることがあります。
定期テスト作成の場合、ただ試験問題を作るというのではなく、生徒や採点者のことを考え、見やすいようにつけやすいようにとレイアウトや問い方を考えたりして作っています。そこまでやるとミスはでないし、出てもよく分かっているので、速やかに対応できます。
結局、今やっていることしか頭にないというのは危険ですね。忙しくても考えながら行動する冷静さが必要ですね。
爽やかな風に吹かれ、鮮やかな緑を目にしながら、今あることに喜びを感じて、また明日から仕事に向かいます。
投稿: ふにゃ | 2005.04.24 21:20
ひげ鯨先生のブログ、たびたび読ませていただいておりましたが、
今日のお話は是非、Myサイトのリンクのページに入れさせていただきたいと思います。
トップページからでなく、
いきなりこのページにリンクを付けてもよいものでしょうか?
私自身、くも膜下出血から、無事生還し、本当に前と同じ生活が送れているので、
姉にも是非、脳ドックを受けるようにと勧めるのですが、怖いせいか受けようともしません。
My drも脳ドックあまり強く勧めません。
未破裂の脳動脈瘤が見つかって、どうするか迷っている人も多いようです。
いろいろ問題点があるのですね。
くも膜下出血で亡くなった方、重い後遺症で苦しんでいる方、たくさん知っています。
一日も早く、この病気が征服されますように!
ふにゃさん、同じようなページ見ているんですね!
投稿: mayako | 2005.04.25 10:16
ふにゃさん、mayakoさん、コメントありがとうございます。
「破裂」脳動脈瘤が2例来て、先ほど一例終わったところです。
リンク、どうぞよろしくお願いします。
投稿: balaine | 2005.04.25 22:36
mayakoさん、あなたのサイトに行ってきました。
BBSにはいれなかったのでこちらに書きますが、永田先生や白石先生、間中先生などはみな顔見知りです。お友達というよりは大先輩であったり恐れ多い偉い先生だったりしますが。
つい先日盛岡でも永田先生にはお会いしたばかりですよ。
投稿: balaine | 2005.04.25 22:41
早速、リンク付けました。
やはりトップページにしました。
先生のブログは、情報満載ですものね!
それにしても、永田先生はさすがに
お顔が広いのですね。
私のネット中毒は、永田先生のサイトの
BBSにかきこみをしたときから始まりました。
ふにゃさんともそこで知り合ったし、
Myドクターの医局に入った時の
最初の指導医だったそうで、
何か、私はもうすっかり永田先生は
よく知っている先生のような
気になってしまいます。
投稿: mayako | 2005.04.25 23:58