医療行為の説明について(インフォームドコンセント)
医療行為の中で、患者側と医師および病院側に「温度差」のあることは少なくないように思う。
たとえば、医師側は十分に説明した、と思っているが、患者や家族側は「ほとんど詳しい説明はなかった」とか「何か言われたけれどよくわからなかった」という感じである。
理解できないのは患者側に落ち度があるのではなく、説明する医師側に配慮が足らないことが多い。インフォームド・コンセントinformed consent「十分な説明の上での同意」とは、「十分な説明」が前提なのだから「難しくてよくわからなかった」とか「面倒くさいからお医者様の言うとおりにまかせておく」と言う風に患者側から発言されるのは(少しは患者側にも問題があるとは思うが)、たいていの場合は医師の説明不足、説明手段における工夫不足である。
私は、大事なことの説明(診断、治療方針、手術同意、輸血同意、その他)においては、必ず紙に書いて説明しコピーを患者さんか家族の方に渡している。注意すべきことは、最低限必要なことを必ず「紙」に「文字」で書いているかどうかである。しかし、これでも患者さんや家族はまったく理解できていないこともある。図譜を使って脳の構造や脳卒中を説明したり、手術書の絵や写真を見せて更に紙に図示したりする。これぐらいのことは多くの医師がやっていると思う。いや現代ではやっていなければならない。患者のためでもあり、かつ医師自らを守るためでもある。
「そんなこと聞いてない!」
「手術前にそんな説明はなかった!」
「この治療でそんな副作用がでるとは知らなかった!」
患者さんや家族が不満を持つことの多くは「情報不足」である。「知らなかった」「聞いてない」「何がおこっているのかわからない」「医師から説明がない」といったことが、不信感となり不満となり最終的には訴訟となったりする。だから医師は自分を守るためにも紙に書いて説明し、そのコピーを渡し原本をカルテに挟んでおくべきだ。ここで不十分な説明、記載をするとかえって「ほら!言ってないじゃないか!」「やっぱり聞いてなかった」という証拠にもなりかねないが、それは本当にそうだったのなら医師が落ち度を認めるべきであろう。
紙に書くという行為は、知識を整理することにもなるし説明をうっかり忘れるということを防止する効果もあると思う。だから患者側への説明は必ず紙に書くべきである。
脳神経外科領域は、扱う対象臓器が脳であるため難しいことが多く、患者が重症であったり危険な状態になることが多いので、かなり昔からICという概念はなくても「十分な説明をする」ということがごく自然に行われていたようである。
「脳の病気になれば、死ぬるかバカになる」
と言われていたのはつい30年程前のことである。
他の臨床領域、たとえば緊急患者が発生することが少なかったり、急変することが少なかったり、手術しても生命にかかわることが少ない病気、疾患である領域では、医師側もあまり深刻になる必要がなかったため、患者への説明に関してそんなに真剣になる必要がなかったと考えられる。
「手術したら治ります。来週あたりどうですか?」
「局所麻酔ですぐに終わります。簡単な手術ですから」
こんな会話で手術説明が終わってしまうような科である。今時でもこんなことをしている医師や病院があるかも知れない。
なぜ温度差が生じるのか?やはり医師が「患者の立場」に立っていないからだろう。かく言う私も医師の端くれなので、患者側に立って物を考えたり発言することはきちんとは出来ていないと思う。ただ、「患者側に立つ」という抽象的な言葉では難しいかも知れないが、以外と難しいことではないのである。
治療している、手術している「その」患者さんが、「自分の母」「自分の妹」「自分の子供」だと仮定して考えてみればいいのだ。
「自分の親にそんなことをして欲しいのか?」「自分の兄弟にそんな態度で接して欲しいか?」「自分の子供にそんな処置をして欲しいか?」
感情論を言っているのではない。患者の立場に立つ、ということはすなわち自分が患者や患者の家族になるということである。弱みを持った立場になると言うことである。だから私は時々何かをしている後輩の医師や看護師に「そんなこと、自分の親にされたらどう思うんだ!」と注意することがある。でも、まあ、言っている当人の私がそんなに大したことは、立派なことはできていないのだが。でもそういう心がけは必要だと思う。
一方、治療を行うにあたって、医師には患者とは一線を画して毅然とした科学的態度も必要である。感情を排除するというか、理論的に、科学的にきちんとした根拠を持って薬剤を使用したり、手術を行う、という医師=科学者としての態度である。何も冷たくする、ということではない。でも何でも患者の言うことを受け入れたり、我が儘にさせて言い訳ではない。そこでは「あの医者は冷たい」と思われても、「私はあなたではない」「病気と闘っているのはあなたで、私はその手伝いをしているだけだ」という態度が必要な場合もある。
医師側には、心の奥には、患者の立場に立ちたい、という心根があったとしても、日常診療の多忙の中でそんなことを考えている暇があるか!という意識もどこかにあるし、人間だから「あ〜、面倒くさい」「うるさいな〜」という心情も起こりうる。でも患者は、「お医者様」と思い信じて治療を受けたい、と思っているわけであるから、冷たい、素っ気ない態度をとられると敏感に反応して「あの医者は冷たい」「ひどい医者だ」とう過剰な反応になることが多い。私の場合にもこれはあてはまるだろう。気をつけようとは思っていても、人間ができていないのですぐ感情が表にでることがある。
言い訳っぽくなってきたのでそろそろやめよう。
でも最後にもう少し言い訳。
一年365日の約半分を当番(通常勤務時間以外に救急外来、病棟などで何か異変、急患、問題があったときにポケベルや電話で最初に相談される役目)として働き、夜中に病棟に来て急変に対応したり休日にも全患者を回診して回り長い手術の時は昼間から夜中まで食事もとらず続けて緊張を強いられ家に帰っても手術患者のことが気になったり疲れていても急患で呼び出されれば夜中だろうと朝方だろうと病院に来なければならず、そうして働いていても平日の日中は外来や回診などの通常業務があるので睡眠不足だろうが食事をとっていなくても普通通りに働かなければならない、そういう医師が「患者や看護師に優しく接して、つねに患者の立場に立って考え行動」出来ると思いますか?
これをお読みになったあなた、自分がわたしになったと考えて、一週間の内、まったく病院に来なくても良い日は、一日あるかもしくは0で、家に帰っても患者のことで看護師から相談があったり、救急外来の当直医から呼び出しがあったりする毎日を送りながら「穏やかな心」を保てるか、考えてみて下さいね。
(結局、言い訳のオンパレードになってしまった、、、すみまっしぇ〜ん、、、)
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コメント
Yoshinoと申します。
私はかつて、東京電力さんのデータベースの仕事をしていました。大変忙しく、毎日の睡眠時間は3~4時間、土日も全くありませんでした。月に30日働いていましたが、それでも仕事が間に合わず、いけないことと知りながら、書類を捏造して嘘の実績を報告したこともあります。
過労で体を壊したことと、クライアントに不誠実であることに耐えられず、仕事を辞めました。
どんなに忙しくても、それを理由に人間としての誠実さを切り捨てることは、私にはどうしても出来ませんでした。たとえ人の命に関わるほどの重大事でなくとも、私の良心はその行為に耐えられなかったからです。
人にはそれぞれ考え方がありますから一概には言えませんが、忙しさの中で穏やかな心を保つことは、大変に難しいでしょう。
ただ私は、
>これをお読みになったあなた.....
といった言い訳を他人に対してしたことは一度もありません。
投稿: Yoshino | 2005.03.12 00:00
Yoshino-san,
Thank you for your comment. Allow me to write in English, as I cannot write any comment here in Japanese, the reason I do not know.
Professional person should not make any excuse for his/her profession. BUT, this is my PERSONAL blog, thus I may be allowed to make some excuse to maintain my mental health. Don't you agree?
The difference between you and me is that I have been facing "human beings" everyday. Even if I may try to keep myself calm and gentle, other people might make me nervous and irritable. Your former work, I suppose, dealt with "database" or "computere", not a human being.
Lastly, you said you did not make any excuse, while you HAVE written a comment of EXCUSE.
投稿: balaine | 2005.03.13 13:02