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2005.03.30

気管切開

 小脳と脳幹の広範な脳梗塞で入院中の方に「気管切開術」を行った。
脳幹には「生命中枢」とも呼ばれる呼吸、血圧、心臓の管理をする機能がある。そこが脳梗塞になると、自分で呼吸ができなくなったり非常に浅い呼吸で止まりかかったり血圧が下がったりする。
 2週間前に脳梗塞になって危険な状況をなんとか脱しつつあり、人工呼吸器も外すことができたが、鼻の穴から気管まで管を入れたままであった(挿管状態という)。約2週間で管を入れ替えるか抜かなければ、口や鼻の中の細菌ソウ(漢字が出ない!)のせいで汚くなったり臭くなったりする。ほぼ昏睡で植物状態に近いので痰も自分で出せず、肺炎や痰詰まりの恐れも高い。そのため、喉仏の少し下を切開して気管に直接短い管を挿入する「気管切開」が必要となった。

 外科手術ではあるが比較的簡単な手技である。病院や科によっては、耳鼻咽喉科ドクターに依頼して行うところもあるが、全身管理を得意とする脳神経外科医たるもの気管切開くらいはちょちょいとできなければならない。通常はベテラン医師が助手について若手の医師に外科医としての手腕を発揮してもらうよい手術対象でもある。私もいつもは下の先生にやってもらうが、今日は同僚の彼が最終日で夕方には移動すること(つまり手術後の管理をできない)、たまには私もやってみようと思ったこと、最後に彼に外科手術の基本を見せようと思ったこと、などから私が執刀した。手術場でやる場合もあるが、病棟の個室入院中ならそのまま病室でやることが多い。切開すると出血するので、双局凝固器と吸引も一応準備した。久しぶりの気管切開。自分で執刀するのは何年ぶりであろうか。

 喉仏の一横指(いちおうし、と読む)下に切開をおき、ペアンと筋コウで剥離していく。正中で筋層を左右に剥離し甲状腺を確認して下面を剥離して上方に寄せ、気管前面を露出して切開し気管チューブを挿入した。結局、吸引も凝固器も全く使わず(ほとんど出血なし、ガーゼで拭き取る必要もないくらい)、ペアンと筋コウとモスキートとメスと持針器とセッシ以外は使わず約15分で終了した。太い静脈や筋肉などから出血して難渋することもない訳ではない手術であるが、注意深く基本を守って丁寧に層を分けていけばまったく出血しないのだ、ということを指導医として若手医師に見せることができた。
今更ながら外科手術は「剥離がすべて」だと思った。

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コメント

先日、88歳の父が気管切開を行いまた。
原因は、食堂にできた悪性腫瘍のため、食事を取ると喉に詰まらせ呼吸困難を起こしたためです。術後の様子を見ていますと、ひどくつらそうです。つきましては質問ですが、気管チューブを外して元の状態に戻すことは可能でしょうか? 流動食程度でしたら口から飲み込めそうです。

投稿: 畠山憲三 | 2005.11.19 19:42

畠山さん、はじめまして。ご質問ありがとうございます。
年齢、病気の状態、肺炎の有無、意識状態、全身状態など総合的に判断して考えるべき事です。条件が整えば抜く事はいつでもできます。「つらそう」と可愛そうに思う気持ちは理解できますが、抜去して誤嚥性肺炎を起こしては生命にかかわります。
やはり主治医の先生に詳しくお聞き頂いた方が良いと思います。

投稿: balaine | 2005.11.21 12:05

ぴーさん、専門的御質問(笑)ありがとうございます。
"tracheotomy"はラテン系の単語で、英語読みすればトラ(レィ)キオトミーですが、ドイツ語読みすればトラヒオトミーだからだと思います。私は「トラヒオ」なんていいません。閉鎖した後の傷の事を重視して「横切開」を選択する事が多いです。あそこの組織は全て正中から左右対称に縦に並んでいるので、そういう意味では縦切開して真ん中から左右に分けて行く、というのが理にかなっていますね。
手術は、料理と同じです。準備をして、基本をきちんとする。私はそんなに上手な方じゃないですよ。もっともっと上手な外科医はたくさんいます。気管切開のような基本的な手術は、簡単なだけに腕がわかりやすいかもしれません。音楽で言えば、モーツァルトの小品みたいなものでしょうか?譜面は簡単でミスはしにくいけれど突き詰めればやっかいなものです。

投稿: balaine | 2005.11.22 10:23

内科系医師です。
気管切開10例のかけだしです。
先輩から受けたアドバイスは
1. なれるまでは上方、つまり甲状軟骨と輪状軟骨の間を選ぶこと。
(指導医は下方で気管軟骨のみを切開してました)
2.曲ペアンを下から潜らせ少し開き、直視下で血管がないことを確認して、その間を鋏で切ること
3.筋膜がでたら少しメスで切開してそこからペアンを差し込み鈍的に剥離する事を教わりました。
気管切開の本をみると教室毎に手法が違うことが読み取れます。
手技ですのでまずトレーニングを受けないといけないことを痛感。

投稿: ないか | 2006.09.20 04:13

ないかさん、コメントありがとうございました。
医療における技術、手技といのは、もちろん「体で覚える」ところがたくさんあります。しかし、医学は科学の一分野ですから、何かをするには必ず理由があり、ある手技の中にヴァリエーションがたくさんあるにしても、その中で必ず「ベスト」と言えるものがあるはずです。
私は、「先輩のアドバイス」の中の、2の「その間を鋏で切ること」には得心しません。
もちろん、鋏やメスで切る作業も部位により必要ですが、皮膚をメスで切った後は気管軟骨前面の軟部組織までは基本的には「鈍的剥離」(=ペアンか筋コウのみの手技)で十分にできますし、するべきだと思います。

投稿: balaine | 2006.09.21 19:16

筋膜はツルツルしてますので筋膜のみを長さ2mm位切開してここからペアンにての鈍的剥離の再開地点としてます。
 また血管が透けて見える1mmもない極薄い厚さで「その間を鋏で切ること」も使いますが使ってもほんの2-3回で全体は「鈍的剥離」に終始してます。
balaine先生の「外科手術は剥離がすべて」という言葉は腹に染み込む貴重な言葉でともすれば急ごうとする心が止まります、剥離こそ命ゆえ、ここで手間取るのは恥ずかしくないと思うようになりました。

投稿: ないか | 2006.09.23 17:22

内科系医師その後です。
切開前に輪状軟骨を触覚で認識できるようになり、通常の輪状軟骨の下方での気管切開を10余例経験しました。 甲状腺と 下甲状腺静脈を傷つけないように細心の注意をはらってます。 この部分では下に向かってのトンネル堀のようになる場合もあり 深くて筋コウだけでは対処できない場合には医学書院の本に載っていたラボルデ鉗子を開創器のように使ったりもします(本来この鉗子は気切カニューレ挿入時に使用)。 また頭につけた市販のLEDライト(5千円)は役に立ちます。

投稿: 内科系医師 | 2008.12.08 05:18

内科系医師さん、コメントありがとうございます。もう3年と9ヶ月も前の記事になるのですね。
気管切開の様な、一見簡単な手術手技こそ「腕」の差が出ると思います。
どんな器械を使おうと、基本が「剝離」であることに変わりはありません。物理的には気管前面に穴をあけて外に解放するだけですから、暴力的にやってもできますし、『ER』でやってましたが緊急時にはスイスアーミーナイフで切開してボールペンの先の方の部分を突き立てるだけでも可能です。
手技にこだわるのは、「速く」「安全に」そして「きれいに」完成したいからです。回復してカニューレを抜去出来るようになった時、きれいな手技をしていれば傷の治りが速くてきれいです。気管前面の筋層は左右対称的に存在するので、ちゃんと「正中」を見つければ、筋膜も切る必要はないと思います。私は主に「先曲がりモスキート鉗子」で優しくなでるように正中を探りながら一度正中を見つけたらそこから鈍的剝離を気管前面まで一気に行います。
体格、首の長さ、筋肉の厚み、甲状腺の大きさなど一例毎に違うのでそこには経験が必要になりますが、症例毎の差を少なくするポイントは、最初の体位の取り方、首から鎖骨基部にかけてが下に下がらないように、なるべく高くなる様な位置を取る事が大切です。肩枕、首枕など工夫が大切だと思います。
開業しても気管切開ぐらいは出来る装備をしてはいますが、対象になる症例など今のところはまったくいません。(^^
益々頑張ってください。

投稿: balaine | 2008.12.08 10:02

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