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2005.03.02

「救命病棟24時」を批判する

 始まった当初は、着眼点や設定、医療的な専門家による監修も結構しっかりしていると、感心して見ていた。医師の一人として参考になる点もあった。
しかし、昨日3/1放送分にはいただけないシナリオが2つあった。「テレビ番組なんだから」と笑って無視してもいいのだがblogのネタにさせていただく。
第8回「神の手はあきらめない」というタイトルだったらしい。
「神の手」ってなんだ!?江口洋介扮する進藤医師のことらしい。「天才外科医」なのだそうだ。救命救急医じゃなかったんだ〜!
 心停止状態で搬入された高齢の女性に心臓マッサージなどの蘇生を試みたが心拍が再開せず、それ以上の蘇生措置を諦めようとしていた他の医師たちに対し、駆けつけるや否や、
(進藤)「体温は?」、(看護師)「28度です」、(進藤)「低体温だ!蘇生を続ければ回復する可能性がある」
といって心臓マッサージを続け結果心拍再開し体温も戻し自発呼吸がでて最終的には意識も戻る、という目出度い話しではあった。進藤はヒーローだ。「神の手」は「諦めなかった」から「奇跡が起こった」という話しである。がしかし、だ。
最初に蘇生していた医師や看護師は低体温に気付かなかった「間抜け」扱いでいいのか?
患者の身体に触れば体温28度なら「冷たい」と気付くのが普通である。誰も気付かなかったとすれば「間抜け」である。救急医をやっている資格はない。それから救急に搬入された患者は、血圧、脈拍、呼吸回数、体温といういわゆるバイタルサインをチェックし記録する。だれもそれをしなかったのか、、、、低体温と小児の場合は簡単に蘇生を諦めてはいけないのは常識であるが彼らはそんなことも知らない無能な医師として描かれているのだ。不快に感じる。「神の手」が「奇跡」を起こすことと「普通の医師」が疲れて無気力になりかけているのを描くためであろうが、医師という職業を愚弄しているとさえ感じられ腹が立った。

更に、腹部大動脈瘤破裂の患者が4時間前からその徴候があった、と進藤が指摘するシーン。夜中に「腰が痛い」と訴える患者にたいし、看護師たちが松嶋菜々子扮する小島楓医師を気遣って起こさずに看護師だけの判断で鎮痛剤の座薬をいれてごまかし、その後、大動脈破裂の強い症状が出て、進藤と小島がその場で緊急開腹手術、さらには開胸手術までやって奇跡的に患者を助けてしまう。「神の手」の面目躍如である。
がしかし、だ。
何らかの原因による身体の痛みに対して座薬を使うかどうか、これは医療行為であり、判断し指示するのは医師の仕事である。実際に座薬を肛門に挿入したりするのは看護師の仕事かも知れないが、「腰を痛がっているから座薬をいれて様子を見よう」と看護師が、医師への報告、連絡、相談(これをホウレンソウといっている)なしに「勝手に」判断し治療行為をおこなうことは「医療法違反」である。
「予測指示」として「痛みに対して座薬25mg一個」という指示が医師から前もって出ていた場合は、あれでもいいのであるが、あのシーンは「どうしよう?」「楓、起こさなくてもいいわよね」「座薬で様子見ましょう」という会話であったので、医師からあらかじめ「予測指示」が出ていなかったことになる。

このように、昨晩だけで最低2つはおかしなことがあった。
テレビ番組なんだからおとぎ話として見ればいいのかも知れないが、世間一般の人に「進藤みたいな医師が凄い」「他の医師は無能なのか」と考えられたり、「勝手な座薬使用」を見逃してその後に活躍した進藤を凄い、と思わせる、いかにも煽動的誘導的なシナリオになってしまっていることに落胆した。

現実の医療現場では、「天才」や「神の手」は必要ないのだ。
当たり前のことを当たり前にきちんとする、そういう知識と技術と能力と心を持っていることが大事なのだ。
脳神経外科の世界でも「神の手」ともてはやされマスコミに登場する人がいる。私自身、ピッツバーグに留学中にその人の手術をそばで見せてもらった。手術は上手である。でも「神の手」とは思わなかった。そうやってもてはやされている陰で、何人、何十人、もしかすると何百人の患者が死亡したり重篤な後遺症を残したりしているのか、私は事実を知っている。
「神の手」ならば100%でなければならない。どんなに難しい手術でも後遺症も残さず全て成功させなければ「神の手」とは呼べない。現実には、「神の手」など存在しないのだ。そんな言葉は「神」への冒涜であり、人間としての謙虚さの乏しい人から出てくる言葉ではないかと思える。 

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コメント

はじめまして、Yoshinoと申します。

「神の手」のこと、私も同感です。
患者にとって必要なのは、『奇跡を起こす神の手』でも『不可能を可能にする超能力』でもありません。与えられた条件(十分とは言えないことも多いようです)の中で精一杯がんばってくれるお医者さんと看護師さんです。現実に必要とされるのはお手軽な奇跡などではなく、体を壊すほどの過酷な勤務状況を改善し、個々の患者さんに余裕を持って対応できる体制を確立することだと思います。

たかが絵空事のドラマかも知れませんが、普通の人は医療の詳細など知りませんから、こんな絵空事で植え付けられたイメージに左右されてしまうこともあるかも知れません。そうなれば、事は医療関係者への誤解を招くだけに留まらないと思います。家族が天命を迎えたとき、その最後に疑いを残し、あらぬ疑念や後悔を生み、無用なわだかまりの種を落とすことにもなりかねないと思います。

なんにせよ、安っぽい奇跡を演出するために、限られた条件の中で努力している人達を無能に描いてみせるという脚本は、侮辱であり誣告だと思います。

投稿: Yoshino | 2005.03.02 21:29

Do-mo desu. (BS2 dewa arimasen)

投稿: balaine | 2005.03.03 14:02

はじめまして。私も今回の救命病棟24時みて「えーっ」と思っていたので、トラバさせて頂きました。
よろしくお願いします。

投稿: mariko | 2005.03.04 17:38

はじめまして。
>当たり前のことを当たり前にきちんとする、そういう知識と技術と能力と心を持っていることが大事なのだ。

これは医者だけでなくすべての職業に通じると思います。それが結構難しいですが・・・。

投稿: ふらんす | 2005.03.04 21:35

Yoshinoさん、marikoさん、ふらんすさん、
 blogの記事でご存知かもしれませんが、パソ不調のためコメント欄に日本語での書き込みができないでおりました。そのためお返事が大変遅くなりました。
それぞれのコメントありがとうございます。
 それからトラバしてくださった皆さんもありがとうございます。

投稿: balaine | 2005.03.16 15:49

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