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2005.02.03

頭痛のことなど

 今日は、午前中の外来はお昼前に終わり、午後は脳室腹腔短絡術の1件だけだったので、余力がある。早く帰れそうで嬉しい。
 外来が混まなかった理由は、予約患者さん以外は軽症の頭部打撲(雪で狭くなった道ですれ違う車同士がぶつかった)が一人来られただけ。通常、新患で必ず数名は来る「主訴=頭痛のみ」の患者さんが0だったことが大きい。拍子抜けするくらいである。
何故「0」であったかというと、悪天候。大雪で頭痛くらいでは病院に来る気にならないのだろう。逆に言えば、大雪をおしてでも病院に来て診てもらおうと思うほどの激しい頭痛とか脳卒中の人はいなかったという事になる。
 では、普段、必ず数名以上はいる頭痛の新患とはどういう人なのか?
「頭が痛いので脳卒中が心配」「1ヶ月以上頭痛が続いていて、脳の中に何か出来てるのではないか、心配なので調べてほしい」こんな感じの人がほとんど。
「頭痛以外に何か症状はありますか?」と問うても、何もない事が多い。
こういう人たちは、ほとんどが、緊張型頭痛、筋収縮性頭痛、ストレス頭痛と呼称される頭痛である。
何か心配事があったり、寝不足だったり、疲れていたり、肩が凄く凝っていたり、そのすべてがあったり、というように、肩、頚から頭にかけて、または目の奥やこめかみの筋肉が凝っているために発生する頭痛で、いわば頭の骨の外に原因がある。これがほとんど。というか脳外科医21年やってきて、今まで外来に歩いて来られた、頭痛以外に症状のない新患で、CTやMRIまで調べても脳の病気が見つかる事はまず経験しない。たまたま偶然に、頭痛とは関係なく脳の血管にまだ破れていない瘤(未破裂脳動脈瘤)が見つかったり、直径1cm以下の小さな髄膜腫(脳を包んでいる一番外側の硬膜に付着して出来る腫瘍)が見つかる事もあるが、確率的には1%以下。頭痛だけの患者さんが100人いても偶然腫瘍などが見つかる人は1名にも満たない。
「脳は痛みを感じない組織なんです」「だからあなたの頭痛は脳の病気ではなく、骨の外の筋肉などに原因があるのです」と説明しても「?」という顔をされる事が多い。
正確には、脳細胞や脳の中には「痛覚受容体」という、痛み刺激に反応する細胞がない。だから痛みを感じないのである。痛覚受容体があるのは、脳の表面に走る太い血管や、脳を包んでいる硬膜の一部にあるだけなので、パーキンソン病やアルツハイマー病のように脳細胞が変化するような病気ではその症状として頭痛は起きない。同じように脳梗塞でも頭痛は起きない。
「3日前から頭が痛い、今までは1日くらいでおさまっていた、今回はおさまらないので脳梗塞になるのかと思って心配だ」といって病院に来られる。
脳梗塞で頭痛が起こるとすれば、かなり広範囲に脳梗塞が起こって脳がむくんで脳表の血管や脳を包む硬膜が押されたり圧迫されたり引っ張られたりしてそこにある痛覚受容体が刺激される場合か、脳梗塞のため細胞が死んでしまったところに血管が再開通して血が流れそのため出血してしまって脳を圧迫して起こる位であろう。だいたいそういう場合は、手足の麻痺だとか言語障害だとか、意識障害だとか明らかに脳が異常をおこしている症状が伴う事が多い。
頭痛だけで発病する病気で大事なのは「くも膜下出血」。これは脳の中に出血するのではなく、脳の外側のスペース、くも膜下腔という隙間に血が漏れ溢れ出て、脳表の血管や膜を刺激したり大量の出血の場合は脳を圧迫して歪むために頭痛が起こるのである。「突然後ろから誰かに蹴られたと思った」とか「雷に打たれた」というほど突然で激しい痛みである事がほとんどなので、救急車で緊急来院される方が多い。まれに、「風邪でもひいたかな?」と言うくらい軽い頭痛ですむくも膜下出血もあるから要注意ではある。これは出血が少なく、チョロっと漏れたくらいで止まったためにそのくらいで済んでいるのである。開業医を受診して「風邪ですよ」と言われて風邪薬をもらって帰されてしまう事もある(実際、そのような患者さんをこれまでに何例も診ている)。しかし、「いつ頭が痛くなったのか?」「どんな感じで痛くなったのか?」を慎重にしつこく問いただすと、たいていの場合、やはり「突然、たたかれたように痛かった」と言う風に述べる患者さんが多い。
「先生、頭が痛いんです」「は〜。じゃ、カゼグスリ出しておきますね」「ありがとうございます」
こんな感じで、症状ー>治療、という図式で臨床をするから、起きうる間違いなのである。
症状ー>その様式による分類ー>その原因(病態生理)ー>治療、と言う風に考えられる医者ならば、間違える事は少ないはずである。
脳神経外科医が頭痛の診断に長けているとすれば、頭痛の原因となり得る病気を経験し知っている事と、頭痛の発症様式、原因といったことを考えながら診察ができる、ということであろうか?
 だから「頭が痛い」と言う人が脳外科を受診するのは、間違い、とはいえないのである。今の日本の医療システムの中では、脳外科にかかっておいた方が安全なのである。きっと患者さんはそれを知っていて、脳外科の外来に来るのであろう。だから大雪だと来ないのであろう、、、

 これが欧米の医療システムでは、「頭痛」が心配で脳神経外科の外来に来る患者さんはいない、というか、それでは診察を受ける事が出来ない。Family doctorに相談して、診察の結果、ストレス性頭痛などではなく何らかの脳の病気が疑われたため紹介を受けたり、MRI センターでMRIを受けた結果、脳腫瘍が見つかった場合には、脳神経外科に診察を受ける事が出来る。米国の脳外科医が外来で診る患者さんは、「脳の手術が必要かどうかコンサルトされる新患」か「既に脳の手術を受けた患者」かである。
「脳の病気が心配で診てもらいたい」人は、family doctorにかかった後、何らか理由で紹介状を書いてもらってから受診するというシステムになっている(それが専門性というものである)。
日本では、しかし、脳の病気のスペシャリストである脳外科医も、一総合医として「心配だ」という患者さんも診るのである。その結果、鬱病であったり心身症であったり単なる寝不足であったりで「頭が痛い」とか「重い」という患者さんも診察し治療しているのである。どちらが良いのであろうか?

 スクリーニングとして、疑わしいものは検査して、ほとんどがスカであるがたまに病気が見つかる。または軽い症状のくも膜下出血などの見落としが少ない、これは日本のシステムにはあるであろう。しかし、無駄な医療費(ストレス頭痛の人にMRI検査をする)がかかっている。これを互助会よろしく国民健康保険などでみんなが持ち合っている(が既に保険組合は破産しかかっている)。 
 米国のシステムでは見落としが多いのか?あり得る事ではある。しかし、総合内科医、family doctorがしっかりした実力を持っていれば、日本でぼんくらな脳外科医が診るよりいいかもしれない。
よって、日本でもしっかりした実力のある総合内科医やfamily doctorを育て上げて、「頭が痛いので心配だ」と言う人はそこにまずかかり、実際に脳に異常が見つかったり、または強く疑われた人だけ脳神経外科に紹介されるシステムになれば、無駄な医療費が減少するし、緊急手術や夜中のコールなどで疲れている脳外科医が(言っちゃ悪いが)どうでもいいような頭痛の患者(だって大雪が降ったら一人も来ないくらいなのだから)がぐちぐち訴えるのにつき合わなくても良くなるのではなかろうか?
 でも日本のシステムでは、「頭痛」の患者さんは脳神経外科に来るのである。
 心の中では「助けてくれ〜、頭が痛いよ」と悲鳴を上げているのはこちらのほうである、、、

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コメント

 こんばんわ。脳は痛みを感じない。頭痛だけという症状は、脳の病気ではない。例外的に、くも膜下出血があり、その場合は突然叩かれたような痛みを感じたはず。
 脳に問題があるなら、頭痛のほかに他にも症状がでる。という(大まかな)理解でいいでしょうか。
 
 今まで何度か、脳の病気について身近な人の例を聞いたことがありましたが、どうしても”頭痛”という表現ばかりが耳に残っていました。

 balaineさんのような専門医も、単なる頭痛まで診察せざるえない現況は、なんとももどかしいと感じざる得ません。

 総合内科医やfamily doctorを普及させることは限りある専門性を有効活用するための重要なインフラ整備になりますね。

 大変勉強になりました。
 

投稿: ほたる | 2005.02.04 01:25

ほたるさん、いつもコメントありがとうございます。
まず頭痛について。脳外科の立場からは、軽い頭痛でもくも膜下出血や脳腫瘍などの可能性があるので、軽く考えないでほしい!というのが第一。次に、脳の病気が否定されたらあまり深刻に考えないでほしい。しかし、現実問題として、40才以上の人の4人に一人は「頭痛持ち」というデータもあります。
頭痛外来で繁盛しようとは思わない、というのが手術を手がける脳外科医の本音ですが、頭痛外来も大事なものだと思います。

次に家庭医や総合内科医について。
これまでは、専門性の低い医者で、少し下のランクにみられる傾向が否めませんでした。でも少しずつ、「総合内科医」を育てるシステムも出来始めています。定着するまでに10年はかかると思いますが。
出羽

投稿: balaine | 2005.02.04 10:51

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