« ESS | トップページ | 寒波到来 »

2005.01.27

株式会社A病院、、、

「病院の株式会社化についてどう思われるか?」という質問を、「稼ぎと仕事」の記事に対するコメントで頂いた。そこにも簡単に答えておいたが、物事はそんなに単純ではない。
「株式会社」というのを私がきちんと理解しているかどうか、不安であるが、少しこの問題を考えてみる。

 株式会社は、当然の事に「株」があり株主がいて、株主総会があり、会長、社長、取締役などといった役員を選出したり、経営に関する会議が行われ株主にはその目標と結果が示される。上場企業の場合、株価は常に衆人環視のものであり、その企業の浮き沈みが株主以外にもわかる。
 さて、これを病院にあてはめるというのは、要するに経済効率、経営効率、目標達成度、成果主義、利益などといったことを病院の運営に当てはめていく事になる。「お客様」は当然「患者様」である。
企業(病院)のイメージアップはお客(患者)の増加につながり、利益の増大につながるのか?

 腕のいい、親切な、暖かい、人の心のよくわかるお医者さんと、優しい、気の効く、可愛い、有能な看護師と、手際よく、思いやりがあって、笑顔の素敵な事務職員と、綺麗な建物と、清潔でアメニティの高い病室と、美味しい病院食と、便利な交通アクセスと、、、
 これだけ揃えば本当に「儲かる」のだろうか?だって儲からなければ、職員に給与も払えないし、でなければ優秀、有能なスタッフも職員も集められないし、最新の治療機器も買えないし(一台数億円という器械なんてザラにある)、病院のアメニティもあげられないでしょう。儲け、そして投資し、さらに儲け、もっと投資し、さらにさらに、、、

 しかし、株式会社化して成果主義を取り入れるとしたら、問題は山積みである。
まず、保険診療制度。中医協などで決める「保険点数」。1点=10円というやつである。例えば、現行の制度では、脳動脈瘤を根治する「脳動脈瘤頚部クリッピング術」は69500点(ただし、前年に施設基準を満たしている施設はこれに1.05を乗じた額、ちなみにうちはクリア済み)、すなわち手術料金は69万5000円から72万円強である。
ところが、これは「手術名」で決まる保険診療上の請求額だから、「誰が手術した」とか「患者が重症だ」とか「合併症があって危険性が高い」とか「新しい手術顕微鏡を使った」とか「チタン製の最新型クリップを使った」とか「手術中に脳血流を測定した」とか、そんなものは点数に入らない。ましてや脳の深部のとても難しい部位にある形のいびつな触るとすぐ破れそうな大きな危険な瘤なのか、脳の表面近くで周囲にあまり大事な機能のない、比較的安全な場所の手術の易しそうな瘤なのか、全く関係ない。すべて同じ値段である。
 どう違うのかというとわかりやすく言うと、、、1)すごく難しくて、手術中に一時的血流遮断を要し、手術中に頭を開いたまま脳の血管撮影も出来るようにして、最新の手術機器を揃えて大学の教授、助教授クラスで経験豊富で腕の確かな「名医が」8時間も10時間もかかるような手術をしても、2)とってもやさしくて3、4年目の非認定医が10年以上の経験のあるような認定医の指導のもと、執刀して特に最新の機器なども要さずに3時間以内に終わるような手術でも、「脳動脈瘤頚部クリッピング術;瘤1個」であれば、日本国中どこにいっても誰がしても、いつしても(たとえば正月返上でも、夜中でも、日中の予定手術でも)値段は72万円なのである。こんなことが、自由資本主義経済の株式市場にあるのであろうか?
 たとえて言うなら、荒波の中、命をかけて漁師が一本釣りした最高級の大間の本マグロの最高の大トロの握りを銀座の超有名高級寿司屋でその道の「名人」と言われる職人が握っても、どこかの養殖のマグロの大トロを食品会社で大量購入して工場できちんと処理しスーパーの寿司コーナーに出しても、どちらも「本マグロの握り」であるなら、「一貫500円」と日本国中で決められているようなものである。

 更に、少なくなったとはいえ医療費に占める医薬品代の割合はいまだ高く、内科的疾患で入院したり通院する場合は、ほとんどが「薬代」である。それが小児の場合、体が小さいのだから投与する薬の量も少ないのでかかる薬代も大人よりは少ない。ということは株式会社A病院側からみれば、払いの少ないお客さんである。小児科医はどんなにたくさん患者を診て夜中に働いたとしても、大人に薬を出している一般内科より稼ぎは少ない。まして70000点なんて高い(?)手術をしている脳神経外科医に比べれば、病院における稼ぎが少ない方になる。自由資本主義経済では、普通稼ぎの多い方が仕事をしている、偉い人になるのではないだろうか?(極論だが)他にも、処置手技の点数が低い耳鼻咽喉科などは、外来でたくさんの患者さんをこなして処置を一杯して一日200人診察したとしても、脳外科医が一人くも膜下出血の患者さんを入院させた方が、ずっとずっと「稼ぐ」訳である。
 たくさん稼ぐ脳神経外科医が株式会社A病院の中では、「一番働いている偉い人」に思われて少ししか稼がない小児科医が「稼ぎの悪い駄目な人」と考えられてもいいのだろうか?もちろん我々脳外科医が不当に高い額を要求しているというのではなく、とても危険な脳の手術を厳しいトレーニングに耐え夜中や休日に働き努力に努力を重ねて習得した特殊技術で行うということに高い料金が設定されていて当然、と思うし、先進諸外国と比べればもっともっと高い料金を設定されていていいはずである。諸外国ではもっと高い料金でたくさん手術をすればしただけ医者も儲かるようになっている。米国の脳外科の教授は、年収1億円とか2億という人もいる。ドイツの脳外科医は、自家用飛行機を持っていて、講演で日本に来る時には自宅近くの空港からフランクフルト空港まで自分で飛行機を運転してくる、というのである。しかし、日本では国立大学の脳神経外科の教授は年収1000万円いくかいかないかであろう。なんという彼我の差であろうか、、、、

 日本の保険診療制度とは全く違う米国などでは、たとえば「脳動脈瘤根治手術」ひとつとってみても、州によって、街によって、Medical Centerによって、医師によって全部値段が違う。保険会社が決定に関与しているらしい。医師の手術成績が公開されたり、優秀で人当たりがよく思いやりのある優しい外科医で、「神の手」とか「Angel's hand」などと評されて人気を呼んだりしても、日本のように「有名だからあの先生にかかりたい」という希望は通らない。かかりつけのfamily doctorから紹介されて自分の加入している保険会社の契約を満たしている病院にしかかかれないシステムになっているのだ。それに外れると治療費は全額自己負担になりかねない。その額は、くも膜下出血だと1000万円は下らないだろう。日本では数十万、高くて100万円くらいであり、申請する事によって高額医療給付というのがあり自己負担の限度額は現行では月72300円。つまりどんなに凄い名医からどんなに金と手間と人手のかかる大手術を受けても、月に72300円以上払う必要がない、という恵まれた状況(ある意味、自由資本主義経済の面から言えばおかしな状況)にあるのである。

 病院を株式会社化して、やる気のない、働かない人をリストラし、経営効率を上げ、患者サービスを充実させるという考え方は悪くないと思う。しかし、日本の保険診療制度はどちらかというと戦後直後の、国民すべてが貧しく困窮していた時代を反映した制度をそのまま引きずって来ているので、現在の発展した自由資本主義経済の考え方にはそぐわないのである。だから現行の保険診療制度をあらため、金のかかる医療には対価として「サービス」を受けた患者もそれなりの金額を払う、またはその金額を保険で支払えるだけの高額な自由保険サービスに加入して保険料を支払っていなければ受けられない、という制度にならなければそぐあわないのである。つまりたくさん保険料を払っている、またはたくさん治療費が支払える(ほぼ=お金持ち)は、最新鋭の設備の整った大病院で優秀なスタッフに診察を受け、名人と呼ばれる名医に執刀してもらえるが、そうでない人は望みかなわず不本意な病院で治療を受ける、というような「差別化」「格差」という事が生じうる。そして「優秀」とか「名医」とかなどを単なる風評ではなく、数字で差別化、格差付けをする必要が生じ、そこにもまた新たな問題が生まれる。

 まだまだ語り足らないが、一つ病院の株式会社化でさえも、現行の制度と照らし合わせて考えた場合、矛盾や疑問がたくさん生じるのである。医療問題は奥が深い、、、

|

« ESS | トップページ | 寒波到来 »

コメント

こんにちわ★
あなたのサイトをランキングに参加しませんか?
ランキングに参加すると見てくれる人が今以上に増えますのでお得です(^^)/
ではこれからも頑張って下さい☆

投稿: 人気BLOGランキング | 2005.01.27 17:16

う〜っむ!
「見てくれる人が今以上に増えますのでお得です」
って、何がお得なんでしょうか?
わからないな。
あくまでこっそり書いていきますから。
(じゃ、公開するな!>自分)(^^;;;

投稿: balaine | 2005.01.27 17:49

こんばんわ。balaineさん、わざわざ私の質問を記事にしてくださって、大変恐縮しております。

 おかげで、日本の医療制度が抱える問題点や米との保険制度の相違など非常にためになりました。こういった視点は、現場に詳しい方でないと述べられないことだと思います。

 もし、医療に資本の論理を加えるとなると、現在の介護制度のように、いくら企業側が努力して成果を上げたとしても、国民もそして国側もそれを認めようとしないし、医療行為で利益を上げるなんてけしからんという話になりそうです。

 この問題は非常に難解で複雑だということを改めて痛感させられました。

 

投稿: ほたる | 2005.01.27 20:45

ほたるさん、コメントありがとうございます。
まだまだ語り足らない部分が多いのですが、長くなるので端折りました。ですからかえって言葉足らずで誤解を生む事を懸念しております。
現在の「社会主義的」運営がなされている健康保険制度に「資本主義的」運営を導入できるのかどうか、病院の株式会社化を始めるところもあるようですので見守りたいと思っています。

投稿: balaine | 2005.01.28 08:53

先生,こんにちは.よしだです.
医療関係は素人なんでよく分からないのですが,「病院の株式会社化」の話って「職員の成果主義」の話なんですか?
直感的には「病院の株式会社化」というと,「病院を,投資した人の利益獲得を目的とする組織にすることの是非」という議論になるのが,まず先決じゃないかしら,と思ってしまいます.
ちなみに「株式会社の成果主義」というのは,組織の利益獲得という目的を達成するための手段の一つです.そもそも個人に報いることが“目的”ではありません.株主の利益獲得にどれだけ貢献できているかに応じて個人に報いましょう,という組織と個人の契約の考え方なんだと思います.(ご存知のように,僕はそういうことをよく部下に説明しないといけないんですよ ^_^;)
また,市役所の成果主義という話もありますが,この場合は費用削減を目的として,市民に対してどれだけ貢献できているかに応じて報いましょう,という話ですね.
「お医者さんの成果主義」の話はもちろんそれとしてあるわけですが,それは病院という組織の目的が何か,という前提条件によって変わるんじゃないかしら,と思うわけです.
なので,我々利用者の立場としては「病院を,投資した人の利益獲得を目的とする組織にすることの是非」という議論の方に興味があります.

投稿: よしだ ひろゆき | 2005.01.29 09:46

よしださん、どうもコメントありがとうございます。
いや、株式会社化というのは、仰る通りに投資した人の利益獲得を考える組織にする事だと思いますよ。
扱う商品が病気、人間ということで、理論的にはそれは今すぐにも可能なんですが、利益至上主義になるとそのために「我慢」するもの、「無視」するもの、「割愛」するものがでてきますよね。その対象になるのが病気であり患者であり人間だということに大きな問題があるんです。
無駄を省き利益を生み潤う事には全く反対しませんが、医療には元々無駄がつきもので、現にいまだって「心配だから」「念のために」と言う検査や診察を皆さんは受けている訳ですね。それらも健康保険制度という大きな枠組みからは無駄といえます。
 投資する人、すなわち株主、でしょうが、大株主や経営陣が善意の人ばかりならいいのですが、利益至上主義のような方ばかりになると、金にならない患者は診ない、金にならない患者はすぐに追い出す、金にならない医者は首を切る、金にならない器械は導入しない、儲かる薬を優先する、と言うような事が(極論ですが)起こりうるのです、現行の保険制度の枠組みの中では。
良い医者が良い治療をしたら「たくさん治療費をとる」ということができれば(つまり健康保険制度を改革すれば)それは少しは防げるかもしれない、ということが言いたかったのです。しかもそれが良い事がどうかはわかりません。
今の健康保険制度は、年収1億の人も300万円の人も、病名、手術名、薬が同じなら支払う医療費が同じです。しかも大都会でも田舎でも、経験豊富な名医でも駆け出しの研修医でも「同じ事をしたら同じ料金」という設定になっているので、人件費を抑えるためには給与の少なく済む経験のあまり多くない若手医師で構成し、給与の多くなる医師は雇わない方がいい訳ですよね。物事はこんなに単純じゃありませんが、、、

投稿: balaine | 2005.01.29 12:51

投資する人は利益を追求する人ですよ.善意でお金を出すことは,投資とは言わない,寄付と言います.だから,「病院の株式会社化」というのは言葉の定義通りに解釈すれば,まさに先生の言う通り「金にならない患者は診ない、金にならない患者はすぐに追い出す、金にならない医者は首を切る、金にならない器械は導入しない、儲かる薬を優先する」ということであって,それは極論でもなんでもないと思います.普通の株式会社では今まさにそういうことをやってます.あのIBMでさえパソコン事業を中国に売り飛ばそうとしているじゃないですか.だからこそ,我々利用者の立場からすると「病院の株式会社化」という言葉自身に非常な矛盾を感じてしまいます.

投稿: よしだひろゆき | 2005.01.31 23:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74618/2712482

この記事へのトラックバック一覧です: 株式会社A病院、、、:

« ESS | トップページ | 寒波到来 »